#12LUST
▼LUST▼
『淫欲』と刻まれた扉を最後に開いたのはアスモデウスであった。
その開かれた扉の向こうには、内臓のようなぬめぬめとした道が続いていた。
「げっ、気持ち悪!」
歩く度に、糸を引く足下。アスモデウスは吐き気をもよおしていた。
気持ち悪くなる要因はこれだけではなかった。酷い悪臭が辺り一面に広がっていたのである。
「みんな、こんな道を歩いているのか?」
他の仲間のことが頭を過った。
先に進んで行った仲間たち。歪みを見つけるため、アスタルテの意志を尊重して集まった五人と一匹。その各、後ろ姿を見送った。
「やってられない……飛んでしまえ!」
背中の黒い羽根を広げる。そして飛び上がった。
見下ろすと、よけいに気分が悪くなった。本当に内臓の上にいるかのようである。所々血管のような管が脈を打っていた。
―道兄……平気かな?―
と、ふとリヴィアタンの後ろ婆を思い出していた。
―粋がっていても、気の弱い人だ―
と、小さい頃から見守っていたアスモデウスには、それが心配でならなかった。
―天界に来てまで、あんな事言うつもりはなかったのに……―
と、旅立った先でのことを思い出していた。
―でも言わずにはいられなかった……―
あの、か細い背中がそう言って欲しいと待っているかのようで……
―でも拒む。オレは、兄貴にとって、必要のない者なのか?―
自分の行動には責任を持っているつもりであった。
―あの時だって、本当はあんな事をするつもりはなかった。だけど、余りにも愛おしくて……悔しくて……―
飛行しながら思い出していた。
―いつでも側に居たかった。なのに、光一を選んで……オレを裏切った―
自分の伺処がいけなかったのか?その事を永遠と思い返してみても思い付かないでいた。
―約束は破るために有るって言うのか?―
そんな事は決してないと、思いたかった。
あの日以来、一度も二人になっても声さえ掛けてくれなかった。
―それほどオレのことが嫌いであったのか?それともこの思いは間違った物だと言うのか?―
決してそんな事はないと信じている。せめてオレに背を向けては欲しくなかった。どんな時でも、笑っていて欲しい。
―そう願うのは罪であるのか?―
こうやって堕天使でいる自分のことを考えた。
―お似含いだよ。この姿が……―
アスモデウスは、今この場所にいる事を、実の所安心していたりもしていた。
―一度、道のいない所で自分を見つめ直しておきたい―
そんな思いに浸っていた時、扉を見付けた。
「あれが、『淫欲』の地」
近付いて来るその扉を見つめながらアスモデウスは、ただ集中して飛行していた。
そして、その扉の前で降下した。
『ギーッ』と言う音がしてその扉は開かれた。
その先には蜘蛛の巣がはり巡らされていた。その糸の上に複眼を持った女郎蜘蛛が、待ち構えていた。
「ようこそおいで下さいました『アスモデウス』様。直ちに領主邸においで下さいませ」
というと、糸を吐き、アスモデウスを捉えると、その身体を自分の背中に乗せる。
『シャカシャカ』という足取りは、糸の上を滑るかのようでとてつもない早さであった。
「そんなに急いでどうしたってんだ?」
アスモデウスは問いかける。
「御領主様の遺言です。この度は『アスモデウス』様に後を継がれて欲しいという……」
その、女郎蜘蛛が答える。
「何故、オレに?」
「神託が下ったのです。現領主『アスモデウス』様の代わりをする考が現れると言う御神託が……」
「神託……」
アスモデウスは考えていた。
―オレは、天界を守るための使いでこの地に赴いたんだ……それなのに、そんな神託が下るとは一体どう言う事なんだ?―
迅速な女郎蜘蛛の動きは、目の前に広がった、領主宅の入り口を目指していた。
そして、『スーッ』と、中に滑り込んだ。
「新領主『アスモデウス』様がいらっしゃいました……部屋を案内下さい!」
そう言うと、中から、若い女の魔界人が『ワラワラ』と出て来た。
「初めまして、私が貴方さまの身辺を任されております『アラキバ』と申します」
と、深々とお辞儀をする。
「前『アスモデウス』様は、老衰のため、この地を残し、先立たれました。次に転生する迄貴方様に、後を任すようにとのことです。もちろん『サタン』様の御命令をも継がれなければなりません。その事に関しては、今は『ダネル』殿が引き継ぎ下さいました。その御報告は後程、御本人にお聞きくださいませ」
と、『アラキバ』は伝える。
「致し方ない。私のこの地での任務を成し遂げよう。して、気になるのは、『サタン』様の命令ってやつだ。『ダネル』殿は何処にいらっしゃるのだ?」
「ただ今は南の地に出向いて、その任を果たしていらっしゃいます。二目後には戻られますので、それまでお待ち下さい」
と、『アラキバ』はアスモデウスに言う。
「分かった。で、我が部屋は何処に?」
「こちらです」
と、案内してくれる。
「今は少し休みたい。申し訳ないが、一人にしてくれないか?」
アスモデウスは、『アラキバ』にそう伝える。
「承知致しました」
と、部屋を退く『アラキバ』そして独り残されるアスモデウス。天蓋の有るベッドに腰を掛けた。
―着任そうそう、この待遇。そして、『ダネル』の帰りを待たなければこの先動きがとれない―
―領主としての任。こんな物まで背負う羽目になろうとは……思ってもいなかった―
ゴロリと寝っ転がる。その時、幽かだったが、道の声を聴いた気がした。
―ん?空耳か?―
それ以降そんな声は聴こえなかった。
―二日後……?七日経ったら天界に戻れなくなってしまう……それより、この地の一日は、天
界のどのくらいの時間を意味するのかさえ判らない……こんなんで本当に大丈夫なのか?―
不安が過る。そして『すーっ』と眠りに就くアスモデウスであった。