HONEY BEE
「君、大丈夫?」
私はその子に声をかけた。
⋯⋯だってね、可愛いんだもん。
金曜日18時。
ついさっきクライアントから入電。
「月曜の朝イチまでに原稿を直して欲しい」
ああ、またなの?
それって今から残業しろって事なの?
それとも休日出勤?
毎週毎週そのスケジュールはおかしくない?
腹立たしくて集中できないから、社長に「明日出ます」と言って出て来たわ。
ドカドカと音が出てるんじゃないかって自分でも思うくらいに大股で駅に向かう。
ゴミゴミした通りの一角。
ふいに大学生の頃までよく行っていたライブハウスが目に入った。
「あー、最近全然何も聴いてないなあ」
ちょっと足を止めて今日のラインナップを見る。
ワンマンじゃないのね。
有名じゃないし、当日券あるかな?
激しそうだけど、ストレス解消にいいかなあ。
よし。行ってみよう。
チケット代を払って階段を降りる。
胃に来る重低音。
久しぶりだなあ。
一番後ろの男の子の肩に勝手に手をかけて、客の一人がダイブしようとしてるわ。
やめなよ。その男の子、華奢で支えきれないよ。
「あっ」
飛び乗ろうとグイッと肩に体重をかけた瞬間に、男の子が後ろに弾かれちゃった。
「いってえ」
床に投げ出された男の子は肩をさすった。
まだらの金髪から垂れ目がチラチラ見える。
いきがってるのか眉毛が半分ないんだけど!
──かんわいい!
え、やだ。すごく可愛い!
小動物かな?
「君、大丈夫?」
いやー! 声かけちゃった。
小動物がこっち向いた!
正面顔も可愛い!
「だ、大丈夫。⋯⋯だけど、何? お姉さん、スタッフ?」
ん?
何故にそう思う?
「違うけど。客だよ」
「そうなの? やけに地味なスーツ着てるから」
あっ! そうだった。
周りの人たち、みんな色々派手だもんね。
主張が強すぎる。
私、こんな仕事帰りのスーツで場違いだね。
「仕事でムシャクシャしてたから入ってみたの。ロックは大好きよ!」
最近忙しくて聴いてなかったけどね。
「あはは。大変だね。鬱憤晴らしちゃいなよ」
あー、小動物が笑ってるう。
なんなの。すごく可愛い。
お持ち帰りしたい。
この子、立ち上がってみると思ってたより背が高い。
なのにこの華奢さは何?
「あいつ、まだ人の頭の上で転がってるわね。一番後ろだと、またやられるんじゃない?」
「そうだねー。別にここでもいいや。観たかったのはこのバンドじゃないしね」
「ふうん?」
「次に出てくるのに誘われてんだ。一人辞めるからどうかって。観てから決めようと思って」
照れくさそうに笑う顔が、ちょー可愛い!
ああ、語彙が足りなさ過ぎる!
でも、何度でも言うわ。
可愛い!
その後、誘われてるっていうバンドを熱心に見る姿を堪能。
リズムに乗って頭を振ってるのが堪らない!
ふわふわ柔らかそうな髪の毛が揺れてる。
「俺、やってみようかな。相性良さそう」
「心決まった? えー、じゃあ、名前教えて。応援するー」
「ミキオ。広瀬樹生。お姉さんは?」
「穂上 灯。よろしくね」
名前ゲット!
ミキオ君かー。
「ねえ、アカリさん。どっか飲みに行かない?」
首を傾げて聞いてくるとか、破壊力強すぎ。
でも、いいの? 私は至極当然ですけど!
「いいけど、あの人達に会っていかないの?」
「明日電話来る。だからいいの。アカリさんと飲んだら楽しそうだし。ね?」
ぐはあ。心臓が痛い!
お持ち帰り決定!
うん、まあ、その後ね、何回か会ってアパートに連れ込んじゃった!
だってね。
可愛いんだもん!
スタンディングのライブでのダイブはお作法を守ってやりましょう。
協力者を募って飛び込まないと、大変な事になりますよ。




