第83話 静かすぎる場所
南方の街道は、
いつもより歩きやすかった。
それが、最初の違和感だった。
風はある。
陽も差している。
道も、崩れていない。
なのに――
足音が、やけに大きく聞こえる。
「……静かすぎる」
リーナは、足を止めた。
旅慣れた感覚が、
小さく警鐘を鳴らしている。
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街道沿いの小さな集落は、
見た目だけなら平和だった。
畑は荒れていない。
家も壊れていない。
人も、普通に暮らしている。
それでも。
「……誰も、空を見てない」
そのことに、
リーナは気づいた。
祈るでもなく。
警戒するでもなく。
期待も、していない。
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話を聞いても、
返ってくる言葉は似ていた。
「困ってはいない」
「助けも、要らない」
「でも……」
その“でも”の先が、
誰も言えない。
言葉にするほどの異変じゃない。
でも、
確実に“何かが抜け落ちている”。
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リーナは、
集落の外れで地面にしゃがみ込んだ。
魔力痕は、薄い。
切られた跡もない。
ただ、
応えなかった形跡だけがある。
「……呼ばれなかった、んじゃない」
「……呼ばなくなった、か」
誰に言うでもなく、呟く。
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夜。
焚き火のそばで、
リーナは短い報告を書いた。
静かすぎる場所が、増えている。
切った痕ではない。
でも、何も期待されていない。
人は生きている。
ただ、“待っていない”。
それ以上、書かなかった。
説明しすぎると、
本質が逃げる気がした。
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その頃。
エレノアは、
その報告を静かに読んでいた。
「……やっぱり」
ネファル=ディアが、低く応える。
(世界が)
(自分で、息を止めている)
「……はい」
休ませた。
でも、
戻り方を、まだ知らない。
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エレノアは、地図を閉じる。
今は、動かない。
今は、呼ばない。
「……まだ、待ちます」
(怖くはないか)
「……少し」
正直な答えだった。
「でも」
「急ぐと、壊す気がします」
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
仕事の合間に窓の外を見ていた。
雲は、流れている。
街は、動いている。
それなのに、
一瞬だけ、胸がきゅっとなる。
「……静かすぎる、って」
「……こんな感じかな」
理由は分からない。
でも、
誰かが“待つ選択”をしている気がした。
⸻
リーナは、
翌朝また歩き出した。
誰にも頼られない場所を、
一つずつ、確かめるために。
エレノアは、
まだ踏み込まない。
しおりは、
今日を生きる。
それぞれが、
それぞれの速度で。
⸻
天変地異は、
爆発ではなかった。
静かに、期待が抜け落ちていく現象だった。
それを、
誰よりも早く理解してしまった者たちがいる。
だからこそ――
次に問われるのは、
「何をするか」ではない。
**「どこまで、待てるか」**だ。




