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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第九話 呼びたくない音

杭を立ててから、畑の空気は少しだけ変わった。


劇的ではない。

見た目も、昨日とほとんど同じだ。

それでもエレノアには分かる。


――逃げなくなった。


土が、というより。

“そこに在るもの”が。


朝露の残る畑で、エレノアは一人、杭の前に立っていた。

ミラは今日は街に用事があると言って、先に戻っている。


静かすぎるほど、静かだった。


「……」


エレノアは、何もせずに、ただ立つ。

触れない。

呼ばない。


それでも、胸の奥がざわついた。


――来ている。


昨日までは、

“気配がある”

“留まっている”

それだけだった。


でも今は違う。


向こうから、近づいてきている。


「……だめ」


小さく、声が漏れた。


呼ぶつもりはない。

まだ、呼びたくない。


名前は、責任だ。

関係だ。

引き受ける、ということだ。


杭の影が、朝の光の中で少しだけ揺れる。

揺れ方が、風とは違う。


「……まだ、途中だから」


自分に言い聞かせるように、エレノアは呟いた。


――錬金も、十分じゃない。

――水路も、まだ。

――土の調整も、これから。


理由はいくらでも出てくる。


でも、

それでも。


胸の奥で、同じ音が何度も浮かび上がる。


「……」


喉の奥で止まる。

言葉にならない。

でも、確かに“音”だ。


短くて、柔らかい。

呼びやすくて、危うい。


「……やめて」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


その瞬間だった。


足元の土が、ほんのわずかに沈む。

杭の周囲だけが、息をするみたいに。


「……っ」


エレノアは思わず、膝をついた。


痛みはない。

怖さも、ない。


ただ、

胸の奥を掴まれるような感覚。


――放っておかないで。


声ではない。

意味でもない。


感情だけが、流れ込んでくる。


疲れ。

戸惑い。

それでも、ここに居たい、という願い。


エレノアは目を閉じた。


――違う。

――私は、救えない。

――そんな力、持ってない。


なのに。


「……でも」


口が、勝手に動いた。


「……一人には、しない」


その瞬間、

胸の奥の音が、零れた。


「……ル……」


息に混じった、ただの音。

意味も、名前も、まだない。


でも、

畑の空気が、はっきりと応えた。


杭の影が、エレノアの影と、ほんの一瞬だけ重なる。


――とん。


昨日と同じ、あの感覚。

でも、今回は違う。


“収まった”のではない。

“繋がった”。


エレノアは、はっとして口を押さえた。


「……今の……」


呼んでしまった。

意図せず。

覚悟もないまま。


怖さが、遅れてやってくる。


――名前を与えるということは、

――関わり続けるということ。


仕事で何度も感じた、あの感覚。


手を出すべきか。

距離を取るべきか。

自分が関わることで、余計に苦しくさせないか。


でも――

見てしまった。

気づいてしまった。


だから、戻れない。


「……ごめんね」


誰に向けた謝罪なのか、分からない。

それでも、エレノアはそう言った。


影は、答えない。

でも、消えない。


杭のそば。

畑の中心でも、端でもない、あの場所。


**“呼ばれた音”が、そこに残っている。

**


エレノアは、ゆっくりと立ち上がった。


足は震えていた。

心も、まだ落ち着かない。


でも、逃げたいとは思わなかった。


「……名は、まだ」


そう言って、深く息を吸う。


「……でも、

 ちゃんと考える。

 ちゃんと、準備する」


畑は、何も言わない。

ただ、静かに、受け止めている。


エレノアは、その場を離れながら、思った。


――これは、召喚じゃない。

――仕事でも、奇跡でもない。


関係が、始まってしまっただけだ。


(つづく)


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