第75話 切ったあとに残るもの
集落を離れてから、
エレノアは何度も振り返った。
何かが見えるわけじゃない。
もう、そこには何も残っていない。
それでも――
見捨てた感じが、消えなかった。
(……切ったのは、私じゃない)
理屈では、そうだ。
判断したのは高位召喚士。
結果も、悪くはなかった。
犠牲は出ていない。
被害も抑えられた。
それでも。
(……終わった、とは思えない)
その感覚だけが、
足に絡みつくように残っている。
⸻
翌朝。
エレノアは、再び集落を訪れた。
今度は、
調査ではない。
対処でもない。
ただ、
話を聞くために。
「……また来たのか」
昨日の老人が、
不思議そうに言った。
「はい」
「今日は、何も出来ません」
正直な言葉だった。
「……でも」
「聞きたいことがあります」
老人は、少し考えてから頷く。
⸻
「……何が、一番困ってますか」
問いは、単純だった。
老人は、すぐには答えなかった。
やがて、
ぽつりと呟く。
「……困ってる、ってほどじゃない」
「静かだし」
「安全だ」
「でも……」
言葉が、途切れる。
エレノアは、待った。
「……誰に、話せばいいか分からない」
その一言が、
胸に落ちた。
⸻
切ったあと。
魔物はいない。
異変もない。
でも、
頼る先も、消えている。
それは、
誰も予測しなかった余白。
(……ここだ)
エレノアは、
自分が来た理由を、ようやく理解する。
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「……すぐに解決は出来ません」
エレノアは、正直に言った。
「でも」
「一緒に考えることは、出来ます」
老人は、少し驚いた顔をした。
「……召喚士が?」
「はい」
「……切る人じゃなくて?」
エレノアは、少しだけ笑った。
「……切ったあとに、来る人です」
⸻
その日、
エレノアは集落に残った。
補助装置は作らない。
刻印も刻まない。
代わりに、
•水路の流れを一緒に確認し
•畑の状態を見て
•困っていることを、一つずつ書き出した
魔法は使わない。
召喚もしない。
ただ、
人として、関わる。
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境界の向こうで、
ネファル=ディアが、静かに言う。
(それで、良いのか)
「……はい」
(何も、戻らぬ)
「分かっています」
(評価も、されぬ)
「……それでも」
エレノアは、土に触れながら言った。
「切った後に、誰も来なかったら」
「……それは、あまりにも、空白です」
⸻
夕方。
集落の子どもが、
エレノアに声をかけた。
「……ねえ」
「また、来る?」
エレノアは、少し考えてから答えた。
「はい」
「でも……毎日は、来られません」
「……でも」
「忘れません」
それで、十分だった。
子どもは、頷いた。
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帰り道。
エレノアは、
胸の奥が、少しだけ軽くなっているのに気づく。
救えなかった。
戻せなかった。
でも、
切ったあとに残るものを、見た。
それは、
召喚士の仕事じゃないかもしれない。
でも――
自分の仕事だと思えた。
⸻
その夜。
しおりは、
仕事帰りに、少し遠回りをした。
理由はない。
ただ、
誰かと話したい気分だった。
コンビニで、
店員と短く言葉を交わす。
それだけなのに、
胸の奥が、少し温かい。
「……切ったあとって」
「こういう時間、なのかも」
誰に向けた言葉かは、分からない。
でも、
それでよかった。
⸻
切る人がいる。
守る人がいる。
そして――
切ったあとに、残る人もいる。
エレノアは、
その場所に立つことを選んだ。
派手じゃない。
称賛もない。
それでも、
世界は、少しだけ空白を失った。




