第72話 正しい召喚士
その召喚士は、
港町の詰所に、何の前触れもなく現れた。
外套は上質。
装備は整っている。
無駄がない。
「……ここに、最近“奇妙な補助陣”を作った者がいると聞いた」
声は低く、落ち着いている。
威圧ではない。
でも、
譲る気がない声だった。
リネアが一歩前に出る。
「用件は?」
「召喚士としての確認だ」
視線が、
まっすぐエレノアに向く。
「君だな」
エレノアは、頷いた。
「はい」
⸻
男は名乗った。
「ヴァルク=レイオス」
「高位召喚士だ」
その名に、
周囲の調査屋が小さく息を呑む。
知られている名だった。
成果を上げる召喚士。
迅速で、確実。
「話は聞いている」
ヴァルクは続ける。
「召喚を切った」
「補助を作った」
「関係を保つ、だとか」
言葉の端に、
わずかな失笑が混じる。
「非効率だな」
⸻
エレノアは、即座に反論しなかった。
(……速い)
判断が。
結論が。
「君のやり方は、世界を甘やかす」
ヴァルクは言い切る。
「召喚士とは」
「力を最適に使う者だ」
「応えが遅れる?」
「なら、切って新しいものを呼べばいい」
「関係?」
「それは、結果が出た後に語るものだ」
静かな断定。
⸻
「……一つ、聞いてもいいですか」
エレノアは、落ち着いた声で言った。
「そのやり方で」
「取りこぼしたものは、ありませんか」
ヴァルクは、即答した。
「ない」
「必要ないからだ」
その言葉は、
迷いがない。
「弱い召喚存在」
「応えの遅い精霊」
「使えない契約」
「切るのは、慈悲だ」
「長く苦しませない」
エレノアは、
胸の奥が、少し冷えるのを感じた。
⸻
境界の向こうで、
ネファル=ディアが、動かない。
沈黙。
それが、
いつもより重かった。
⸻
「……私は」
エレノアは、静かに言う。
「その考えを、否定しません」
ヴァルクが、眉をわずかに上げる。
「ほう」
「でも」
エレノアは、言葉を続けた。
「それは」
「“正しい召喚士”の一つであって」
「私が、なりたい召喚士ではありません」
空気が、張る。
⸻
「感情論だ」
ヴァルクは、淡々と言う。
「世界は、結果で回る」
「遅れは、損失だ」
「はい」
エレノアは、頷いた。
「だからこそ」
「遅れを、見捨てない人が必要だと思っています」
「世界が下手になったなら」
「切る人だけじゃなく」
「待つ人も、要る」
⸻
ヴァルクは、しばらく黙った。
やがて、
小さく息を吐く。
「……若いな」
「はい」
エレノアは、否定しない。
「未熟です」
「だが」
ヴァルクは、エレノアを見据える。
「その在り方は、危険だ」
「いずれ」
「切れない選択に、縛られる」
「誰かを、救えなくなる」
⸻
その瞬間。
境界が、わずかに震えた。
(……ほう)
ネファル=ディアの声が、
初めて動く。
(それを)
(言われる覚悟は、あるか)
エレノアは、
一瞬だけ、目を閉じた。
「……あります」
声は、揺れなかった。
「救えない時が来ることも」
「選び続ける重さも」
「全部、含めて」
「召喚士でいたいんです」
⸻
ヴァルクは、
小さく笑った。
「面倒な道を選ぶ」
「はい」
「……嫌いじゃない」
その言葉は、
評価でも、同意でもない。
ただの事実。
「だが」
「結果が出なければ、淘汰される」
「その時は」
エレノアは、まっすぐ答えた。
「その時の私が、責任を取ります」
⸻
ヴァルクは、踵を返す。
「覚えておけ」
「世界が壊れた時」
「最後に問われるのは、正しさじゃない」
「残ったものだ」
そう言い残し、
彼は去った。
⸻
詰所に、
静けさが戻る。
リネアが、ゆっくり息を吐いた。
「……随分なのが来たわね」
「はい」
エレノアは、頷く。
「でも」
「必要な出会いでした」
境界の向こうで、
ネファル=ディアが、低く言う。
(否定されても)
(折れなかったな)
「……はい」
(それが)
(お前の答えだ)




