第69話 うまくいかない、という結果
最初に変化が出たのは、
想定よりも早かった。
港町の外れ。
仮設で組まれた補助装置の前に、
エレノアたちは立っている。
「……起動、します」
合図とともに、
刻印に魔力が流れた。
派手な光はない。
音も、ほとんどしない。
ただ、
空気が、わずかに動いた。
「……どう?」
リネアの問いに、
調査屋が目を凝らす。
「反応、あり」
「……でも、弱い」
水面が揺れる。
潮が、ほんの少しだけ応じる。
「……来てる」
「けど……遅い」
期待と、落胆が同時に落ちる。
⸻
「……想定通り、ではあります」
エレノアは、記録板に視線を落とす。
「即応性は、回復しません」
「でも……完全に無反応ではない」
職人が、腕を組む。
「支えとしては」
「半分、か」
「はい」
エレノアは、正直に頷いた。
「“繋ぎ”としては、成立しています」
「でも……万能ではない」
沈黙。
誰も、責めない。
でも、
喜びも、ない。
⸻
ミラが、静かに言った。
「……畑と同じですね」
「え?」
「手入れすれば育つ」
「でも、前みたいに、勝手には伸びない」
「……人が、関わり続ける必要がある」
その言葉に、
エレノアははっとする。
(……そうか)
「世界が下手になった、んじゃない」
「人に、任せてきただけだったのかも」
リネアが、苦笑する。
「随分、面倒な世界になったわね」
「……はい」
でも、
エレノアの声は沈まなかった。
⸻
「……失敗、ではありません」
そう言ってから、
自分で少し考える。
「正確には」
「“一度で解決する方法”じゃなかった」
「……それ、結構大事な違いよ」
リネアが言う。
「魔法みたいに解決しない、って分かっただけで」
「現実に一歩近づいた」
その言葉に、
誰かが小さく笑った。
「じゃあ……」
調査屋が言う。
「ここは」
「“見続ける場所”ってことだな」
「はい」
エレノアは、はっきり答えた。
⸻
その夜。
工房に戻ったエレノアは、
一日の記録を書き終え、
最後に一行、付け足した。
※継続観測が必要
※一人で完結しない仕組み
ペンを置く。
胸の奥に、
小さな疲労と、
それ以上に確かな手応えがあった。
(……うまくいかなかった)
でも。
(……全部、失ったわけじゃない)
境界の向こうで、
ネファル=ディアが、低く言う。
(覚悟は)
(いるな)
「……はい」
(だが)
(まだ、戻れる)
エレノアは、少しだけ微笑んだ。
「戻らないと、決めたわけじゃありません」
「……一緒に、歩くんです」
ネファル=ディアは、何も言わない。
でも、
否定もしなかった。
⸻
遠い場所で。
しおりは、布団の中で目を閉じる。
今日は、
あの場所に行く気がしなかった。
その代わり、
胸の奥に、静かな感覚が残っている。
「……大丈夫」
誰に向けた言葉かは、分からない。
でも、
それでよかった。
⸻
うまくいかない。
一度では、足りない。
それでも、
世界は、確かに前より“人の手”を受け取っている。
そのことを、
エレノアはまだ知らない。
でも――
歩き続ける理由には、
もう十分だった。




