第68話 噛み合わない地図
集まったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
工房の中央に置かれた長机。
その上に、地図と報告書、素材の小袋が広げられている。
「久しぶりだね、エレノア」
ミラは、少し日焼けした顔で手を振った。
「……お久しぶりです」
「遠方に出ていると聞いていました」
「うん。採集の依頼が続いてて」
「でも、変だったから戻ってきた」
その“変だった”という言葉に、
周囲の空気が、少しだけ張る。
リネアのほかに、
調査屋が二人。
鍛冶系の職人が一人。
専門は違う。
見ている場所も違う。
でも、
全員が「おかしい」と感じている。
⸻
「まず、港町の件から」
調査屋の一人が話し始める。
「潮位は正常」
「魔力反応も薄い」
「なのに、船が出ない」
「原因不明?」
「原因はある」
「ただ……説明できない」
次に、山間部。
「水車は壊れていない」
「水も流れている」
「でも、力が乗らない」
「素材の質が落ちてるわけでもない」
職人が首を振る。
「作れはする」
「ただ……仕上がりが、鈍い」
その言葉に、
ミラが小さく息を吸った。
「……畑も、似てます」
視線が集まる。
「育つ」
「枯れない」
「でも……“伸びが遅い”」
「土が悪い?」
「違う」
「土は、ちゃんとしてる」
ミラは、少し迷ってから続けた。
「……手応えが、薄いんです」
⸻
エレノアは、
それらを一つ一つ、繋いでいく。
港。
山。
畑。
工房。
(……全部、機能はしている)
壊れてはいない。
止まってもいない。
でも――
応えが、遅れている。
「……世界が」
「即座に返事をしなくなっている」
ぽつりと出た言葉に、
全員が黙った。
誰も否定しない。
でも、肯定もできない。
「……原因は?」
リネアが聞く。
エレノアは、
一瞬だけ言葉を探した。
「……切られた場所があります」
視線が集まる。
「正確には」
「守るために、離した」
「それで?」
「支えが、なくなりました」
説明としては、不十分だ。
でも、
これ以上は、今は言えない。
⸻
沈黙。
重たい空気。
その中で、
ミラが、静かに言った。
「……じゃあさ」
「戻す、って選択肢は?」
エレノアは、すぐに首を振らなかった。
考える。
「……同じやり方では、無理です」
「でも」
「代わりは、作れるかもしれない」
その言葉に、
職人が反応する。
「代わり?」
「完全な支えじゃなくていい」
「“間”を埋めるもの」
「即応じゃなくて」
「遅れても、返る仕組み」
ミラの目が、少し輝いた。
「……畑なら」
「土と水の“間”を整える方法、ある」
「素材も」
「加工段階を一つ増やせば、吸収できるかも」
少しずつ、
言葉が重なり始める。
完璧な答えじゃない。
でも、
手がかりは、確実に増えている。
⸻
エレノアは、
その光景を見ながら思った。
(……一人で考えてたら)
(この発想は、出なかった)
境界の向こうで、
ネファル=ディアが、低く言う。
(繋いだな)
「……はい」
(切った場所を)
(別の形で、支える)
「それが……今の私に出来ることです」
ネファル=ディアは、何も言わない。
でも、
拒まれなかった。
⸻
会議が終わる頃、
全員が、少し疲れていた。
答えは、出ていない。
でも、
進む方向は、見えた。
「……じゃあ」
リネアが立ち上がる。
「役割分担、決めましょ」
「世界が下手になったなら」
「人間が、少し器用になればいい」
誰かが、笑った。
エレノアは、
その笑い声を聞きながら、思う。
(……まだ、間に合う)
理由は、分からない。
でも、
今度は一人じゃない。
⸻
その夜。
しおりは、
メモの最後に、一行足した。
※相談できる人、探す
それだけで、
少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
世界は、まだ不安定だ。
でも、
支え合う場所が、増え始めている。
切られた余白は、
完全には戻らない。
それでも、
人の手で、繋ぐことは出来る。
そのことを、
エレノアは、初めて確信していた。




