表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/114

第63話 迷わず踏み出した朝

朝の空気は、少しだけ軽かった。


理由は分からない。

天気が良いわけでも、

状況が好転したわけでもない。


それでもエレノアは、

目を覚ました瞬間に思った。


(……今日は、動ける)


不思議な感覚だった。


疲れが取れたわけではない。

不安が消えたわけでもない。


ただ、

立ち上がるまでの時間が短かった。



工房で簡単な支度を済ませ、

エレノアは地図の前に立つ。


印は、まだ多い。

世界は、相変わらず落ち着いていない。


それでも、

指が自然と一つの場所に伸びた。


「……ここ」


川沿いの集落とは別の、

少し離れた地点。


昨日までなら、

「様子見」に回していた場所だ。


(……どうして、ここなんだろう)


理由は出てこない。


でも、

行かない選択肢も浮かばなかった。


「……行きましょう」


声に出してから、

自分で少し驚く。


即断だった。



街を出ると、

風が髪を揺らす。


歩きながら、

エレノアは自分の内側を確かめる。


(焦っていない)

(無理をしている感じもしない)


それなのに、

足は止まらない。


「……変なの」


以前なら、

一歩踏み出す前に、

もっと考えていた。


間に合わなかった場所。

選べなかった判断。


それらが、

いつも足を重くしていたのに。


今日は、違う。


(……理由が、ない)


その事実が、

なぜか少し心地よかった。



現地に近づくにつれ、

空気が変わる。


音が、少ない。

鳥の声が遠い。


「……ここ、ですね」


小さな遺構。

古い召喚研究の名残。


地面に刻まれた陣は、

ほとんど消えかけている。


それでも、

“使われた記憶”だけが残っている。


(……呼ばれた回数、多い)


境界の向こうで、

ネファル=ディアの気配が動いた。


(ここは)

(長く、使われている)


「でも……壊れてはいないですね」


(壊れる前だ)


その言葉に、

エレノアは足を止める。


(……間に合う、ってこと?)


(そうだ)


ネファル=ディアの返答は短い。



遺構の中心に立つと、

微かな気配が感じられた。


名を持たない。

姿も定まらない。


それでも、

そこに在ることだけは、確かだった。


「……大丈夫です」


自然と、そう声をかけていた。


どうしてこの言葉が出たのか、

分からない。


でも、

“今なら届く”気がした。


(……間に合う)


その感覚が、

胸の奥で、静かに確信へ変わる。


エレノアは、深く息を吸う。


「今日は……」

「呼ばれなくて、いいです」


命令ではない。

契約でもない。


ただ、

選択肢を置いた。



気配が、揺れる。


初めて、

“拒まれていない”反応。


エレノアは、

自分の手が震えていないことに気づいた。


(……怖くない)


成功するかどうかは、分からない。

でも、

失敗を恐れて立ち止まってはいない。


その違いが、

はっきりしていた。


境界の向こうで、

ネファル=ディアが静かに言う。


(今日のお前は)

(迷いが少ない)


「……そうですね」


(理由は)


「分かりません」


即答だった。


でも、

それでいいと思えた。



遺構を離れる頃、

空気は少しだけ和らいでいた。


完全に解決したわけじゃない。

ただ、

“これ以上悪くならない”状態を作った。


それだけ。


それなのに、

胸の奥が、静かに満たされている。


(……間に合った)


昨日のように、

強く意識したわけじゃない。


でも、

確かに感じた。



帰路につきながら、

エレノアはふと思う。


(……今日は、迷わなかった)


その理由を、

無理に探すのはやめた。


分からないままでも、

前に進めた。


それが、

今の自分にとっては、十分だった。


境界の向こうで、

ネファル=ディアが告げる。


(この選択を)

(続けるなら)


「……はい」


(いずれ)

(切る場面が来る)


エレノアは、歩きながら空を見る。


「……その時は」

「ちゃんと、迷います」


(それでいい)


その言葉に、

ほんの少しだけ、安心した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ