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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第七話 混ぜずに、繋ぐ

朝の空気は、街外れに来ると少しだけ軽かった。


フィオラの門を抜け、

昨日と同じ畑へ向かう道を歩く。

ミラは隣で、小さく欠伸をしていた。


「朝から行くって言うからさ。

 何かあるのかなーって思って」


「……あります。

 たぶん」


エレノアは、胸元の袋に触れた。

錬金術師ギルドで受け取った、簡易触媒。


――土を“休ませる”。


その言葉が、まだ頭の中に残っている。


畑に足を踏み入れると、

昨日と同じはずの場所なのに、印象が少し違った。


「……」


エレノアは立ち止まり、

周囲の空気を確かめる。


重さは、ある。

でも、昨日より“逃げ場”がある。


「少しだけ……

 楽になってます」


「分かるんだ」


ミラは感心したように言った。


「……感覚、ですけど」


エレノアは袋を開け、中身を覗いた。

粉状の触媒。

匂いは、きつくない。

むしろ、土に近い。


「……混ぜない」


昨日、カイルが言った言葉を思い出す。


――壊すな。

――混ぜるな。

――触りすぎるな。


エレノアは、畑の四隅に、

少量ずつ触媒を置いた。

土に埋めない。

踏み込まない。


ただ、置く。


「それだけ?」


ミラが首を傾げる。


「……はい。

 それだけ、です」


エレノアは、そっと距離を取った。


――あとは、待つ。


風が吹き、

触媒の粉が、ほんの少しだけ舞う。


その瞬間、

エレノアの胸の奥が、静かに鳴った。


――来る。


影の気配が、背後で濃くなる。


「……呼ぶな」


低い声。


「……はい」


エレノアは、呼ばない。

名も、陣も、言葉も使わない。


ただ、繋ぐ。


昨日、土が伝えてきた感覚。

重さ。

疲れ。

繰り返された衝撃。


それを、胸の内で整理する。


――ここが、苦しい。

――ここは、まだ大丈夫。


触媒が、淡く光った。


強くはない。

一瞬だけ。


「……え」


ミラが、息を呑む。


土の表面を、光が“流れる”。

線ではない。

模様でもない。


まるで、

呼吸が通ったような動き。


エレノアは、無意識に片膝をついた。


「……今なら……」


言葉にしない。

でも、確信があった。


――“呼ぶ”んじゃない。

――“居場所を示す”。


エレノアは、心の中で、静かに言った。


ここは、安全です。

少しだけ、休んでいい。


その瞬間、

土の上に、淡い影が浮かび上がった。


昨日より、はっきりと。

形は、まだ曖昧。

でも、確かに“そこにいる”。


「……出た……?」


ミラの声が震える。


影は、昨日の存在と似ている。

でも、同じではない。


これは――

土地そのものの、名残。


「……まだ、名は……」


影が、微かに揺れる。


拒否でも、肯定でもない。

ただ、留まっている。


エレノアは、胸に手を当てた。


出来ていない。

完成していない。


でも――

崩れてもいない。


「……成功、なの?」


ミラが聞く。


エレノアは、少し考えてから答えた。


「……途中、です」


「途中?」


「はい。

 でも……

 ちゃんと、次に繋がる途中です」


影の存在が、初めて、はっきりとエレノアを見た。


「……繋いだな」


背後の影――

最初に出会った、名なき存在が、静かに言う。


「呼ばず、命じず、

 ただ……場を作った」


エレノアは、小さく頷いた。


「……壊したく、なかったので」


風が、畑を撫でる。

草が揺れる。


影は、ゆっくりと薄くなった。

消えたわけじゃない。

“戻った”だけだ。


「……戻っちゃった」


ミラが、少し残念そうに言う。


「……戻れる、ってことは」


エレノアは、足元を見る。


「……また、来られる、ってことです」


ミラは一瞬きょとんとして、

すぐに笑った。


「なにそれ。

 すごいじゃん」


エレノアは、少し照れたように視線を逸らした。


「……まだ、

 錬金も、足りないですし」


「次は?」


エレノアは、畑の外に目を向ける。


水路。

乾いた区画。

日当たり。


「……水の流れ、

 ちゃんと整えたいです」


心の中で、

次の職が、静かに浮かぶ。


――木工。

――あるいは、彫金。


「……道具、必要ですね」


ミラは、にっと笑った。


「じゃあさ、

 次は一緒に探しに行こ」


畑は、まだ完全じゃない。

召喚も、完成していない。


でも――

確かに、世界は応えた。


エレノアは、そう感じていた。


(つづく)


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