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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第53話 最初の悲鳴

朝の空気は、澄んでいた。


少なくとも――

見た目には、いつも通りだった。


エレノアは工房の裏手にある小さな畑に立ち、

土を指先で軽く掬った。


「……?」


粒子の感触は変わらない。

湿り気も、匂いも、昨日と同じ。


それなのに、

何かが、ずれている。


「気のせい……じゃない、ですよね」


独り言のように呟き、

もう一度、今度は少し深く掘る。


土の奥。

根の張り方。


(……張りすぎてる)


植物が、

“生きようとしすぎている”。


エレノアは眉をひそめた。


「こんなに、急に……?」


昨日植え替えた苗だ。

順調ではあったが、

この成長速度は異常だ。


肥料は変えていない。

水も、日照も、いつも通り。


――なのに。


エレノアは、そっと目を閉じた。


土に触れたまま、

深く呼吸する。


戦わない。

呼ばない。

ただ、感じ取る。


その瞬間――


胸の奥を、

かすかな振動が通り抜けた。


音ではない。

言葉でもない。


圧でも、恐怖でもない。


それは、

「重なった息」のような感覚だった。


(……多い)


エレノアは、思わずそう思った。


一つではない。

遠くから、近くから、

大小の区別もなく。


“何か”が、

同じ方向に息を吐いている。


「……ネファル」


名は呼ばなかった。

ただ、意識に浮かべる。


境界の向こうで、

彼はすでに立っていた。


出てこない。

声もない。


でも、分かる。


――聞こえている。


それだけで、

今は十分だった。


エレノアは苗を元に戻し、

畑を離れる。


今日は、街に出る予定だった。



市場は、いつもより騒がしかった。


活気がある、というより、

落ち着きがない。


「……なんか、妙に値が動いてません?」


素材商の前で、

エレノアは首を傾げた。


「昨日まで余ってた薬草が、今朝一気に捌けたんだよ」


商人は肩をすくめる。


「理由は分からん。

 ただ“今のうちに”って買ってく人が多い」


「使う予定が……?」


「それがな」


商人は声を落とす。


「使うってより、

 “備えてる”感じだ」


エレノアは礼を言い、歩き出す。


次の店。

次の露店。


どこも似たような空気だった。


・水を多めに買う人

・保存食を仕込む人

・護符を求める人


誰も「何が起きる」とは言わない。

言えない。


ただ、

分からない不安だけが先に立っている。


(……これ、嫌な流れですね)


工房に戻ろうとしたところで、

声をかけられた。


「エレノア」


振り向くと、リネアだった。


今日は鎧ではなく、

軽装で、書類を抱えている。


「情報整理?」


「そんなところ」


リネアは隣に並んで歩きながら言う。


「変な依頼が増えてる」


「変な、ですか?」


「説明しづらいやつ」


リネアは少し考えてから言った。


「倒しても解決しない、って前置きされる依頼」


エレノアの足が、一瞬止まる。


「……例えば?」


「召喚獣が言うことを聞かない、とか」

「契約は生きてるのに、反応が薄い、とか」


エレノアは、静かに息を吸った。


「それ、最近ですか」


「ここ数日」


リネアはエレノアを見る。


「あなた、何か感じてる?」


「……少し」


リネアは、それ以上追及しなかった。


代わりに、何気ない調子で言う。


「そういえばさ」

「高ランクの冒険者たちが、

 手を出せずにいる敵がいるらしい」


「敵?」


「うん。倒せない、って」


リネアは肩をすくめる。


「まあ、あなたには関係ない話だけど」


エレノアは、小さく笑った。


「……そうですね」


本当に、そう思っている。


今の自分には、

畑と工房と、

目の前の人たちの生活がある。


“倒せない敵”なんて、

遠い話だ。


――はずなのに。


胸の奥で、

あの振動が、

もう一度だけ、重なった。


(……関係、ない……ですよね)


自分に言い聞かせるように、

エレノアは工房へ戻った。



夜。


灯りを落とし、

一日の記録をつける。


やるべきことの記録。

引き継ぐためのメモ。

次の予定の整理。


いつも通りの作業。


けれど、最後の一行だけ、

ペンが止まった。


――今日、土が泣いていた気がした。


書いてから、エレノアは苦笑する。


「……変ですね」


こんな表現、

誰にも見せられない。


それでも、消さなかった。


境界の向こうで、

ネファル=ディアは動かない。


だが、

世界の奥で何かが、

確かに目を覚まし始めている。


それは、

怒りではない。


破壊衝動でもない。


ただ――

長く、呼ばれすぎた結果の疲弊。


最初の悲鳴は、

まだ小さい。


けれど、

確実に重なり始めていた。


エレノアは、静かに目を閉じた。


明日も、

いつも通り過ごすつもりだ。


まだ、

“普段の生活”は続いている。


――今は、まだ。


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