表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/114

第六話 錬金術師は、混ぜる前に嗅ぐ

フィオラの錬金術師ギルドは、街の中心から少し外れた場所にあった。


通りの喧騒が届きにくい路地。

石造りの建物の壁には、薬瓶や符号の刻まれた金属板が無造作に掛けられている。


「……ここ、ですね」


エレノアが足を止めると、

ミラが看板を見上げて、うんうんと頷いた。


「うん。

 正直ちょっと近寄りがたいけど、

 中は案外まともだよ」


「……“案外”」


「うん、“案外”」


扉を開けた瞬間、

鼻をつく匂いがした。


甘い。

苦い。

金属っぽい。

それが全部、混ざっている。


「……っ」


エレノアは、思わず一歩引いた。


「わ、だいじょぶ?」


ミラが心配そうに覗き込む。


「……匂い、強くて……」


「だよね。

 慣れるまで、みんなそう」


中は思ったよりも広かった。

棚に並ぶ瓶。

蒸留器。

坩堝。

作業台には、色の違う液体がいくつも並んでいる。


「……失礼します」


声をかけると、

奥の作業台から、誰かが顔を上げた。


白衣のような外套。

無造作にまとめた髪。

眠そうな目。


「……あ?」


間の抜けた声。


「客?

 それとも素材?」


「……えっと、人です」


エレノアが答えると、

その人は少し考えてから、頷いた。


「じゃあ客だな。

 素材は喋らない」


ミラが、横で吹き出した。


「この人、

 錬金術師のカイル。

 腕は確かだけど、

 人付き合いは……まあ、うん」


「聞こえてるぞ」


カイルは、面倒そうに手を振った。


「で。

 何しに来た?」


エレノアは、少しだけ背筋を伸ばした。


「……錬金術を、学びたくて」


「へえ」


カイルの目が、ほんの少しだけ開く。


「理由は?」


「……土を、

 安定させたくて」


その言葉に、

カイルの動きが止まった。


「……土?」


「はい。

 魔法や召喚で、

 疲れてしまった土地を……」


言葉を探していると、

カイルは、ふっと鼻で笑った。


「なるほど。

 戦わないタイプか」


否定でも、嘲笑でもない。

ただの分類。


「悪くない。

 で、園芸師?」


「……はい」


「次は錬金、

 って顔してるな」


エレノアは、小さく頷いた。


カイルは作業台から、

小さな瓶を一つ取って差し出した。


「嗅げ」


「……え?」


「いいから」


恐る恐る、栓を開ける。

鼻に近づける。


――刺激。

――でも、どこか整っている。


「……きついけど、

 嫌じゃないです」


カイルは、満足そうに頷いた。


「正解。

 錬金はな、

 混ぜる前に嗅げないやつは、

 大体失敗する」


ミラが目を丸くする。


「そんな基準?」


「そんな基準だ」


カイルは、別の瓶を出す。


「じゃあ次。

 これは?」


エレノアは、慎重に嗅いだ。


――甘い。

――でも、奥にざらつき。

――長く置くと、変質する。


「……時間、経ってます」


「正解」


カイルは、今度は少しだけ笑った。


「お前、

 感覚で分かるタイプだな」


「……感覚、

 だと思います」


「それでいい。

 錬金は、

 理屈と感覚の中間だ」


カイルは、作業台の一角を指差した。


「今日は、

 これだけやれ」


そこには、

濁った液体が入った瓶が三つ並んでいる。


「沈殿を分ける。

 壊すな。

 混ぜるな。

 触りすぎるな」


「……難しそうです」


「難しい。

 だからやる」


エレノアは、そっと瓶を手に取った。

中の液体が、微かに揺れる。


――焦るな。

――待て。


園芸師として学んだ感覚が、

ここでも役に立つ。


時間をかけて、

傾けて、

沈殿を避ける。


一つ目は、成功。

二つ目も、なんとか。


三つ目で――

手が、わずかに震えた。


「……あ」


沈殿が、混ざる。


液体の色が、濁った。


「……すみません」


思わず謝ると、

カイルは肩をすくめた。


「失敗だな」


胸が、きゅっと縮む。


「でも、

 致命的じゃない」


「……え?」


「理由、分かるか?」


エレノアは、瓶を見つめた。


「……混ざったのは、

 少し、だけだから……?」


「そう。

 “戻せる失敗”だ」


カイルは、別の薬品を少量垂らした。

液体が、ゆっくりと落ち着く。


「錬金は、

 全部成功しなくていい。

 戻せるかどうかが、

 腕だ」


その言葉が、

胸の奥に、すとんと落ちた。


――失敗しても、戻れる。

――だから、続けられる。


ミラが、嬉しそうに言う。


「エレノア、

 向いてると思うよ」


エレノアは、少し照れながら頷いた。


「……まだ、

 全然ですけど」


「それでいい」


カイルは、棚から小さな袋を投げて寄越す。


「今日はここまで。

 これは、

 土を“休ませる”ための簡易触媒だ」


「……え?」


「街外れの畑。

 試してみろ」


影の気配が、背後で静かに強まった。


「次の一手だな」


エレノアは袋を受け取り、

深く息を吸った。


園芸師として、土を見る。

錬金術師として、安定させる。


――そして、

その先に、召喚がある。


「……ありがとうございます」


カイルは、もう興味を失ったように背を向けた。


「礼は、

 結果で返せ」


ギルドを出ると、

夕方の風が、匂いを洗い流してくれた。


エレノアは袋を握りしめ、

街外れの方向を見る。


次は――

試す番だ。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ