表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/114

第五話 街外れの畑と、呼びかける声

朝の空気は、街の外に出た途端、少しだけ違っていた。


フィオラの門を抜けると、石畳は土の道に変わり、

人の声は風に溶けて、遠くなっていく。

代わりに聞こえるのは、草が擦れる音と、鳥の鳴き声。


「……静かですね」


エレノアが言うと、

隣を歩くミラが大きく伸びをした。


「でしょ。

 だから、あんまり人来ないんだよね」


道の先、緩やかな丘の向こうに、

低い柵で囲われた土地が見えてきた。


畑だった場所。

けれど、今は耕されていない。


「ここが……」


「うん。

 前は野菜作ってたんだけど、

 魔物が出るようになってから放置」


ミラは肩をすくめた。


「討伐はされたんだけどさ。

 それ以来、土の調子が戻らなくて」


エレノアは、畑に一歩踏み入った瞬間、息を呑んだ。


――重い。


空気が、ではない。

土が、だ。


水を含んでいるのに、潤っていない。

踏みしめると、柔らかいのに、沈みすぎる。


「……この土地、

 ずっと……我慢してた感じがします」


ミラは少し驚いた顔をした。


「そこまで、分かる?」


「……言葉にすると、

 そんな感じ、です」


エレノアは膝をつき、

指先で土をすくった。


粒は細かい。

けれど、まとまりすぎている。

空気の通り道が、潰れている。


――踏み荒らされた。

――魔法が使われた。

――何度も。


背後で、あの影の気配が、静かに強まった。


「ここだ」


低い声が、風に混じる。


「……あなたも、

 この場所、苦しかったんですね」


影は答えない。

けれど、否定もしなかった。


ミラは少し離れた場所で、周囲を見張るように立っている。

エレノアが何を感じているのか、

全部は分からなくても、邪魔はしない。


「……まずは、

 土を起こした方が、いいと思います」


エレノアはそう言って、

落ちていた枝を拾い、

固くなった表面を、ゆっくりと崩し始めた。


力はいらない。

壊す必要もない。

空気が入る“隙間”を作るだけ。


「……エレノア、

 それ、意味ある?」


ミラが、少し心配そうに聞く。


「……すぐには、

 変わらないです」


エレノアは正直に答えた。


「でも……

 今は、それでいい気がして」


枝で線を引く。

土を返す。

踏まないように、位置を選ぶ。


それだけの作業なのに、

胸の奥が、静かにざわめいた。


――呼ばれている。


音じゃない。

声でもない。

でも、確かに“何か”が、近づいてくる。


「……っ」


エレノアは、思わず手を止めた。


影が、彼女のすぐ後ろに立っている。

昨日より、はっきりと。


「無理に、呼ぶな」


「……呼んで、ないです」


「分かっている。

 だが……近い」


エレノアは、ゆっくりと息を整えた。


――召喚。


でも、いつもと違う。

陣もない。

道具もない。


ただ、土に触れて、

理解しようとしているだけ。


「……名は、まだ……」


言いかけて、言葉が途切れる。


名を呼ぶには、足りない。

準備も、知識も。


でも――


「……聞くだけなら、

 いいですよね」


影は、一瞬だけ迷うように揺れてから、頷いた。


エレノアは目を閉じ、

両手を土の上に置いた。


――何が、つらかった?

――どこが、痛い?


問いかけは、言葉にならない。

ただ、気持ちを向けるだけ。


胸の奥に、ざらりとした感覚が流れ込んできた。


重さ。

疲れ。

繰り返される衝撃。


そして――

ほんの微かな、希望。


「……」


エレノアの喉が、小さく鳴る。


「……少しだけ……

 休ませて、あげたい」


その瞬間、

土の表面を、淡い光が走った。


眩しくない。

派手でもない。

ただ、朝露みたいな光。


ミラが、思わず声を上げた。


「……え?」


エレノアは、はっと目を開けた。


光は、すぐに消えた。

風が吹いて、草が揺れる。


「……今の、なに?」


ミラが駆け寄ってくる。


「……分からない、です」


エレノアは正直に言った。


「でも……

 たぶん……」


足元の土に、そっと触れる。


さっきより、

ほんの少しだけ――

軽い。


空気が、通っている。


影が、低く息を吐いた。


「未完成だ。

 だが……確かに、触れた」


エレノアは、胸の鼓動を感じながら、立ち上がった。


出来ていない。

呼べていない。

でも――


「……足りない、ですね」


ミラが首を傾げる。


「なにが?」


エレノアは、畑全体を見渡した。


土。

水。

風。


「……土を、

 ちゃんと整える技術」


そして、心の中で、もう一つ付け足す。


――安定させる方法。


「……次は、

 錬金術師、かな」


思わず口に出る。


ミラが目を丸くして、

すぐに笑った。


「はやっ」


「……でも、

 必要だと思って」


ミラは、少し考えてから頷いた。


「うん。

 この畑、また使えるようにしたいし」


エレノアは、もう一度、土を見た。


壊れていない。

でも、まだ足りない。


――だから、次がある。


街へ戻る道すがら、

影が、静かに言った。


「次の職を選んだな」


エレノアは、少しだけ照れたように頷く。


「……はい。

 でも、急がずに……」


「それでいい」


風が、二人の間を抜けていく。


未完成の召喚。

未完成の畑。

未完成の自分。


でも――

確かに、前に進んでいる。


エレノアは、そう感じていた。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ