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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第41話 それは、出来ません

工房の朝は、静かだった。


昨日と同じ机。

同じ棚。

同じ火種。


それなのに、

空気だけが少し違う。


エレノアは扉を開けたまま、

しばらく外を見ていた。


街は動いている。

人は行き交い、

いつもの時間が流れている。


「……普通ですね」


自分の声が、

思ったより落ち着いていることに気づく。


胸の奥には、

まだ重さが残っている。


でも――

昨日のような息苦しさはない。


工房に戻り、

作業台の前に立つ。


鍋は冷えている。

布はかかったまま。


今日は、

“作らない”と決めた。


それだけのことなのに、

決めるまでに、

ずいぶん時間がかかった。


「……」


エレノアは、

棚から紙を一枚取り出す。


予定を書き留めていた紙。


そこには、

昨日までの自分の文字が並んでいる。


・保存食

・調整薬

・納品予定


ぎっしりだ。


誰に頼まれたわけでもない。

自分で書いた。


「……私が、

 増やしたんですね」


誰かに期待されたからではない。

断れなかったからでもない。


“出来るから”

“役に立つから”


それだけで、

自分から抱えた。


その事実が、

胸に静かに刺さる。


「……悪くないです」


否定はしない。


「……でも、

 今は違います」


紙を折り、

棚に戻す。


そのとき、

工房の外で足音が止まった。


分かる。

昨日と同じ。


扉が叩かれる。


「エレノアさん」


役人の声。


穏やかで、

丁寧で、

間違いのない声。


エレノアは、

一度だけ目を閉じた。


深呼吸。


昨日は、

ここで胸が詰まった。


今日は――

違う。


「……はい」


扉を開ける。


役人は、

昨日と同じ場所に立っていた。


「今日は、

 お話を進められそうでしょうか」


“進める”。


その言葉が、

自然に使われている。


エレノアは、

すぐには答えなかった。


一歩、

外に出る。


工房の外で話す。

それだけで、

距離が少し変わる。


「……昨日のお話、

 考えました」


役人の目が、

わずかに明るくなる。


「ありがとうございます」


その反応が、

もう予想できてしまう。


「街としても、

 あなたの考えを尊重したい」


尊重。


「あなたの負担にならない形で、

 協力できればと――」


「……それは」


エレノアは、

言葉を切った。


ここだ。


逃げれば、

会話は続く。


曖昧にすれば、

話はまとまる。


でも――

それは、

昨日までの自分だ。


「……そのお話ですが」


声が、

少しだけ震える。


でも、

止まらない。


「それは、

 出来ません」


言った。


一文。

短い。

でも、

逃げなかった。


役人は、

一瞬だけ沈黙した。


「……出来ません、

 とは?」


確認。


怒りではない。

困惑でもない。


“聞き返し”。


エレノアは、

その視線を受け止める。


「安定供給も、

 増産も」


一つずつ。


「今の私には、

 出来ません」


「……理由を、

 お聞きしても?」


理由。


説明。


正当性。


エレノアは、

一瞬考えた。


そして――

首を振った。


「……理由を、

 並べることは出来ます」


事実だ。


体調。

時間。

負担。


「でも……

 それをすると、

 また無理をします」


役人の眉が、

わずかに動く。


「私は、

 昨日、

 作れませんでした」


それは告白だった。


「手が止まって、

 何も出来なくなりました」


恥ではない。

隠さない。


「それでも、

 街は回っていました」


事実。


「誰も、

 困っていませんでした」


役人は、

言葉を失った。


エレノアは、

続ける。


「私がいなくても、

 世界は止まりません」


その言葉は、

自分自身に向けたものでもあった。


「……だから」


息を吸う。


「私は、

 “出来ない”と

 言います」


役人は、

しばらく黙っていた。


やがて、

ゆっくりと息を吐く。


「……それは、

 責任放棄では?」


静かな言葉。


刃ではない。

でも、

刺さる。


エレノアは、

少しだけ視線を落とした。


それでも、

逃げない。


「……そう、

 見えるかもしれません」


正直に。


「でも、

 無理をして壊れる方が、

 もっと無責任だと思います」


役人は、

返事をしない。


エレノアは、

最後に一つだけ言う。


「私は、

 手伝います」


え、と

役人が顔を上げる。


「でも……

 私が選べる範囲で」


条件。


「出来る日と、

 出来ない日を、

 私が決めます」


役人は、

しばらく考えた。


空気が張りつめる。


そして――

小さく、

頷いた。


「……分かりました」


その一言で、

世界が少しだけ戻る。


「すぐに、

 全てが解決するわけでは

 ありませんが」


それでいい。


「……ありがとうございます」


エレノアは、

そう言った。


それは、

感謝だった。


役人が去ったあと、

工房の前に、

静けさが戻る。


エレノアは、

その場に立ったまま、

しばらく動かなかった。


足が、

少し震えている。


でも――

立っている。


「……言えました」


誰に聞かせるでもなく。


胸の奥に、

重さと一緒に、

何か温かいものがある。


怖かった。

でも、

逃げなかった。


ルミナの気配が、

はっきりと寄り添う。


――一緒に。


エレノアは、

工房の扉を閉めた。


今日は、

作らない。


でも――

自分の生き方を、

 初めて選んだ日だった。


(つづく)


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