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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第38話 やさしい言葉の檻

工房の朝は、いつも通りだった。


火を入れ、

鍋を温め、

昨日の続きを確認する。


そのはずだった。


エレノアは作業台の前に立ったまま、

しばらく動けずにいた。


「……あれ?」


手順は分かっている。

何度もやってきた。

失敗したこともない。


それなのに、

最初の一手が出てこない。


理由は、分かっていた。


「……考えすぎ、ですね」


自分にそう言い聞かせ、

瓶を手に取る。


そのとき――

扉の外で、人の気配がした。


「おはようございます」


聞き覚えのある声。

リネアではない。

街の商人だ。


「……おはようございます」


扉を開けると、

二人、三人と人が立っていた。


どの顔も、

悪意はない。


むしろ、

期待に満ちている。


「昨日の品、評判が良くてね」

「使いやすいって」

「無理のない作りが助かるって」


言葉は、

全部、褒め言葉だった。


エレノアは、

小さく頷く。


「……ありがとうございます」


それだけ。


「今日は、少し多めにお願いできませんか?」

「急ぎじゃないんですけど」

「あなたの都合でいいので」


――都合でいい。


その言葉が、

胸の奥で引っかかる。


「……どれくらい、でしょうか」


「そうですね……」

商人は指を折る。

「いつもの、倍くらい?」


倍。


「……分かりました」


断る理由は、なかった。


無理だと言うほどでもない。

出来ないわけでもない。


「助かります」

「やっぱり、あなたに頼むと安心だ」


安心。


その言葉が、

鎖のように絡みつく。


人が去ったあと、

工房は静かになった。


エレノアは、

扉を閉め、

背中を預ける。


「……大丈夫です」


誰に言うでもなく、

そう呟く。


大丈夫。

出来る。

今までやってきた。


「……やらない理由が、ない」


それが、

一番怖い言葉だった。


作業台に戻る。


鍋に火を入れる。

材料を測る。


――手が、少し震えた。


「……」


深呼吸。


そのとき、

また扉が叩かれる。


今度は、

街の役人だった。


「エレノアさん」

「少しご相談がありまして」


相談。


断れない言葉。


「あなたの作る品は、

 街全体にとって有益です」

「だからこそ、

 安定供給をお願いしたい」


安定。


「無理はさせません」

「あなたのペースで」

「でも、期待されているのは事実です」


期待。


エレノアは、

返事をしなかった。


沈黙が、

肯定に変わる。


「ありがとうございます」

「助かります」


役人は、

それだけ言って帰っていった。


工房に残ったのは、

火の音だけ。


エレノアは、

作業台に手を置いた。


「……私、

 選べていますか?」


答えはない。


ルミナの気配が、

いつもより遠い。


「……ルミナ?」


呼びかけると、

少し遅れて、

気配が応えた。


――ここにいる。


それだけ。


エレノアは、

ふと気づく。


胸が、

重い。


怖いわけではない。

嫌なわけでもない。


ただ――

自由じゃない。


「……誰も、

 悪くないのに」


鍋の中身が、

ふつりと音を立てる。


火加減を間違えた。


「……あ」


慌てて火を弱める。

でも、

一瞬遅かった。


「……失敗、ですね」


小さな焦げ。


致命的ではない。

作り直せばいい。


でも――

その“当然”が、

ひどく遠く感じる。


エレノアは、

鍋を見つめたまま、

動けなくなる。


「……期待、でしたね」


誰かの顔が浮かぶ。

誰も責めていない顔。


だからこそ、

逃げ場がない。


「……私、

 嫌だって、

 言っていいんでしょうか」


声は、

ほとんど音にならなかった。


ルミナの気配が、

一瞬だけ揺れる。


でも、

何も言わない。


言葉は、

助けにならないと知っているように。


エレノアは、

椅子に腰を下ろす。


手が、

膝の上で止まる。


「……作れません」


それは、

初めて出た本音だった。


怖さは、

そこにあった。


怒鳴られたわけでも、

脅されたわけでもない。


ただ――

やさしい言葉が、

逃げ道を塞いだ。


エレノアは、

しばらくそのまま座っていた。


外では、

いつも通りの街の音。


誰も、

異変に気づかない。


それが、

何より怖かった。


(つづく)


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