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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第四話 失敗しても、ここにいていい

午前の光が、園芸師ギルドの窓から斜めに差し込んでいた。


棚に並ぶ鉢植えの影が、床に細長く伸びる。

土の匂いに混じって、乾燥させた薬草の香りが漂っていた。


「じゃあ、エレノア。

 今日はこれ、お願いできる?」


ミラが差し出したのは、浅い木箱だった。

中には、少し元気のない苗が並んでいる。


「街の北門の外にあったやつ。

 昨日まとめて運ばれてきたの」


エレノアは箱を覗き込み、そっと息を吸った。


――乾きすぎ。

――でも、根はまだ生きてる。

――土が合ってない。


「……水、少なめで。

 日陰に置いた方が、いいかもです」


「お、いいね。

 じゃあ、それでやってみよっか」


“やってみる”。


その言葉に、胸の奥が少しだけ高鳴った。

任される。

判断していい。

失敗したら――その先は、まだ考えない。


エレノアは苗を一つずつ手に取り、

鉢の土を入れ替え、

水を与え、

棚の端、直射日光が当たらない位置へ移動させた。


丁寧に。

慎重に。

いつも通り。


――これなら、大丈夫。


そう思った矢先だった。


昼過ぎ。

ミラが様子を見に来て、足を止める。


「あれ……?」


その声に、エレノアの心臓が跳ねた。


苗の一つが、ぐったりと葉を落としていた。

朝よりも、明らかに元気がない。


「……っ」


エレノアはすぐに駆け寄り、土に触れる。

冷たい。

水が、多すぎた。


「……ごめんなさい」


反射的に、そう口から出た。


ミラはしゃがみ込み、苗を一緒に見た。


「うん、これは……

 水、あげすぎたね」


責める声ではなかった。

事実を確認するだけの、落ち着いた声。


でもエレノアの胸には、ずしりと重いものが落ちた。


「……土が、乾いてるように見えて……

 でも、根の方は……」


言い訳になりそうで、言葉が止まる。


――まただ。

――判断を、間違えた。

――任されると、怖くなる。


ミラは苗をそっと持ち上げた。


「根、ちょっと弱ってるね。

 昨日の段階で、結構きてたかも」


「……」


「エレノアのせい、だけじゃないよ」


そう言われても、すぐには信じられなかった。

自分が触った。

自分が決めた。

結果が、これだ。


「……向いて、ないのかな」


思わず、零れていた。


声が小さく震える。

ミラは一瞬だけ目を見開いてから、首を振った。


「逆」


「……え?」


「向いてるから、悩むんだよ」


ミラは、棚の上の別の苗を指差した。


「ほら。

 こっちは元気でしょ?」


確かに、葉が張っている。

朝よりも、少しだけ色が良い。


「全部うまくいく人なんて、いない。

 園芸なんて特にさ」


ミラは肩をすくめた。


「失敗した分だけ、

 土の癖、分かるようになるし」


その言葉が、ゆっくりと胸に染みていく。


「……ここ、

 失敗しても……いい場所、なんですね」


エレノアは、恐る恐る聞いた。


ミラは、当たり前みたいに頷いた。


「うん。

 ここ、そういう場所だよ」


その瞬間、

胸の奥で張りつめていた糸が、少しだけ緩んだ。


戦場じゃない。

結果がすべてじゃない。

失敗=排除、じゃない。


影の気配が、背後で静かに揺れた。

何も言わない。

でも、見ている。


エレノアは、弱った苗をそっと別の棚へ移した。


「……もう一度、やってみても……いいですか」


ミラは、にっと笑った。


「もちろん。

 今度は一緒にやろ」


二人で苗を整え直す。

土を軽くほぐし、

水は控えめに、

風の通り道を作る。


エレノアは、さっきよりも慎重だった。

でも、怖さは少し減っていた。


――失敗しても、戻ってこられる。


それだけで、手が動く。


作業が終わるころ、

苗はまだ弱々しいままだったが、

完全に枯れる気配は消えていた。


「……生きてます」


エレノアが言うと、

ミラは満足そうに頷いた。


「うん。

 それが一番大事」


夕方、ギルドの外に出ると、

街の空気が昼より柔らかくなっていた。


エレノアは、胸に残る違和感を感じていた。

街の中の植物。

ギルドに運ばれてくる苗。


「……ミラ」


「なに?」


「この街の外……

 畑とか、ありますよね」


ミラは少し驚いた顔をしてから、頷いた。


「あるよ。

 使われなくなったやつも」


エレノアは、影の気配を感じながら、静かに言った。


「……見てみたいです」


ミラは一瞬だけ考えて、

すぐに笑った。


「いいよ。

 明日、一緒に行こ」


その約束に、胸が少しだけ弾む。


失敗した。

でも、追い出されなかった。

むしろ、次がある。


エレノアは思った。


――だから、外に行ける。

――だから、続きを選べる。


夜風が、街の匂いを運んでくる。

世界はまだ、壊れていない。


少なくとも、

ここでは。


(つづく)


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