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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第34話 手渡されたもの

朝の工房は、

まだ人の気配が少なかった。


扉の外を通る足音もまばらで、

聞こえるのは、

木材が軋む音と、

遠くで鳥が鳴く声だけ。


エレノアは、

作業台の前に立っていた。


昨日仕上げた瓶。

鍋。

包んでおいた保存食。


どれも、

派手さはない。


魔力が溢れているわけでも、

見た目が特別なわけでもない。


「……ちゃんと、

 役に立つでしょうか」


独り言のように呟きながら、

一つ一つを確かめる。


ラベルは簡素。

説明も最低限。


――疲労を残しにくい

――流れを乱さない

――無理をさせない


それだけ。


エレノアは、

それ以上の言葉を書かなかった。


必要以上に期待させたくなかった。

誤解も、させたくなかった。


「……使う人が、

 決めればいいです」


そう言って、

木箱の蓋を閉めた。


そのときだった。


――コンコン。


控えめなノック。


エレノアは一瞬、

驚いたように目を瞬かせてから、

扉に向かった。


「……はい」


扉を開けると、

そこに立っていたのは、

見覚えのある顔だった。


行商人。

あの、種を置いていった男。


「朝早く、悪いな」


「……いえ」


視線が、

自然と木箱に向く。


行商人は、

それに気づいて、

少しだけ笑った。


「噂を聞いてな」


「……噂?」


「派手な薬じゃない。

 強くもならない。

 でも――

 『翌日が楽になる』ってやつだ」


エレノアは、

一瞬言葉に詰まった。


「……もう、

 使った人が?」


「ああ。

 俺の知り合いがな」


行商人は、

少しだけ声を落とす。


「遠出が多い奴だ。

 いつも、

 戻ってくると顔色が悪くなる」


エレノアは、

思わず指先を握った。


「……それで」


「今回は、

 悪くならなかった。

 それどころか――

 『次の日も動けた』ってな」


その言葉が、

胸の奥に、

ゆっくり落ちてくる。


「……無理、

 してませんでしたか?」


行商人は、

首を振った。


「してない。

 それが、一番不思議だ」


エレノアは、

少しだけ息を吐いた。


「……よかった」


それは、

計算通りではない。


でも、

願っていた結果だった。


行商人は、

木箱を指さす。


「これ、

 追加で頼めるか?」


「……量は、

 多くありませんが」


「それでいい。

 無理に増やすな」


その言葉に、

エレノアは顔を上げた。


「……いいんですか?」


「壊れちまったら、

 意味がないだろ」


そう言って、

行商人は肩をすくめた。


「それに、

 こういうのはな――

 『必要な人に、

 ちゃんと届く』方が、

 強い」


エレノアは、

しばらく黙っていた。


そして、

小さく頷く。


「……分かりました」


行商人は、

もう一つ、

小さな包みを差し出した。


「礼だ。

 金じゃない」


中身は、

少し古い紙束。


図面。

走り書き。


「……これは?」


「昔、

 この辺りで使われてた

 調理道具の構造だ」


エレノアの目が、

少しだけ見開かれる。


「……遺跡と、

 似てます」


「ああ。

 そうだろうな」


行商人は、

それ以上は言わなかった。


必要なことだけ、

置いていく。


それもまた、

一つのやり方だった。


行商人が去った後、

工房は再び静かになる。


エレノアは、

紙束を胸に抱え、

ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……届いた、

 んですね」


戦っていない。

叫んでもいない。

誰かを説得したわけでもない。


ただ、

作った。


それだけで、

人の一日が、

少しだけ楽になった。


「……これで、

 いいんですね」


ルミナの気配が、

すぐそばで、

穏やかに揺れた。


――肯定。


エレノアは、

その気配に、

静かに微笑んだ。


その瞬間。


遠く、

遺跡の方角で、

空気がわずかに歪む。


だが、

それは干渉ではない。


“届いた”ことへの、

認識。


世界が、

一つの結果を、

受け取っただけだった。


エレノアは、

立ち上がり、

作業台に向かう。


「……次は、

 少し、

 道具ですね」


鍋。

刃物。

保存容器。


どれも、

誰かを守るためじゃない。


誰かが、

明日も生きるためのもの。


窓から差し込む光が、

工房を照らす。


今日は、

良い日だった。


無理もなく、

焦りもなく、

ちゃんと進んだ日。


エレノアは、

そう確信していた。


そして、

遠い場所で。


一人の悪魔が、

静かに、

目を細める。


――確かに、

 作られている。


だが同時に。


――まだ、

 壊せない。


それが、

何よりの証明だった。


(つづく)


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