第33話 作られていく世界
最初に異変を感じたのは、
“痛み”ではなかった。
恐怖でも、怒りでもない。
違和感だった。
ネファル=ディアは、
遺跡の奥――
かつて自らが最も安定して存在できた層で、
静かに意識を広げていた。
呼ばれていない。
縛られていない。
追い払われてもいない。
それなのに。
「……」
居心地が、悪い。
理由は分かっている。
だが、理解が追いつかない。
ここは“空白”だったはずだ。
人が触れず、
魔物が寄りつかず、
世界の流れから取り残された場所。
だからこそ、
干渉できた。
感情に触れ、
意志に滲み込み、
“少しだけ傾ける”ことができた。
それが、今は。
「……薄い」
ネファル=ディアは、
自らの存在を支える“歪み”を確かめる。
壊されてはいない。
封じられてもいない。
だが、
広がらない。
以前なら、
遺跡の周縁に触れるだけで、
人の思考に微細な揺らぎを起こせた。
今は――
その揺らぎが、
途中で止まる。
「……道具、か」
名もない“何か”が、
世界に増えている。
武器ではない。
防具でもない。
儀式具でもない。
“整えるためのもの”。
熱を暴れさせない鍋。
疲労を溜めない食事。
流れを乱さない薬。
それらは、
力を持たない。
だが――
隙を消す。
「……愚かだな」
ネファル=ディアは、
そう評した。
世界は歪むからこそ、
入り込める。
安定は、
停滞を生む。
停滞は、
必ず崩れる。
……はずだった。
「……はず、だった」
遺跡の床に刻まれた古い紋様が、
わずかに変質している。
書き換えられたわけではない。
上書きもされていない。
使われていないのに、意味を取り戻している。
それは、
ネファル=ディアにとって
理解しがたい現象だった。
「呼ばれていない……」
召喚士は、
呼ばない。
命令もしない。
契約もしない。
それなのに、
世界の“使い方”だけが、
変わっていく。
「……作っている、のか」
その言葉が、
遅れて、
自分の中に落ちる。
戦わず。
奪わず。
縛らず。
ただ、
余白を埋めている。
歪みを潰し、
空白を整え、
干渉の余地を消していく。
それは、
破壊ではない。
だが――
共存でもない。
「……居場所を、
減らしている」
初めて、
ネファル=ディアは
“自分が追いやられている”
という感覚を知った。
拒絶ではない。
排除でもない。
必要とされなくなる。
その可能性。
「……なるほど」
以前、
あの召喚士は言った。
――ここでは、あなたは居られない。
それは、
“力”の問題ではなかった。
この世界が、
彼女の在り方を
選び始めている。
「……面白い」
ネファル=ディアは、
静かにそう呟いた。
恐怖はない。
焦りも、まだない。
だが、
見誤れないと理解した。
あの召喚士は、
戦場を作らない。
代わりに――
戦場を不要にする。
呼ばれない悪魔は、
干渉できない。
干渉できない存在は、
やがて――
観測されなくなる。
「……次に会うときは」
ネファル=ディアは、
遺跡の奥で、
意識を畳んだ。
「作る者として、
お前を見ることになるだろう」
それが、
警告なのか。
予告なのか。
本人にも、
まだ分からない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
世界は、
静かに、
形を変え始めている。
そしてその中心には――
呼ばれない召喚士がいる。
(つづく)




