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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第三話 街と、声をかけてくれた人

フィオラの街は、思っていたよりも賑やかだった。


白い石造りの壁に囲まれた通りは広く、朝の光をよく反射している。

露店が並び、焼きたてのパンの匂いが風に混じる。

金属が打ち合わされる音、木を削る音、呼び込みの声。


「……人、多いですね」


エレノアは、少しだけ歩調を落とした。

人混みは苦手だ。

ぶつからないように、視線を下げて、隙間を探す癖が出る。


「この街は、交易と職人の街だ」


隣を歩く影――名を持たない存在が、静かに言った。


「討伐に向かう者も、

 それを支える者も、

 すべてがここを通る」


エレノアは、足元の石畳を見る。

表面は滑らかだが、端の方は少し欠けている。

人の流れが集中する場所。

重い荷が何度も通った跡。


「……この道も、

 だいぶ、使われてますね」


影がわずかに揺れた。


「お前は、本当に足元を見るな」


「……癖、みたいなものです」


そう答えながらも、

エレノアは少しだけ恥ずかしくなった。


街に入ってすぐ、影は目立たない路地で足を止めた。


「ここからは、

 私は前に出ない方がいい」


「……はい」


理由は聞かなかった。

聞かなくても、分かる。


この存在は、まだ“街に受け入れられていない”。

そしてエレノア自身も、目立ちたいわけじゃない。


影は、ゆっくりと薄くなった。

完全に消えたわけではない。

ただ、意識しないと見えない位置に下がった。


「……行ってきます」


誰に言うでもなく、そう呟いて、

エレノアは一人で街へ踏み出した。



通りを進むと、

木製の看板がいくつも並ぶ一角に出た。


鍛治。

革細工。

裁縫。

木工。


その中に、少し控えめな看板がある。


《園芸師ギルド》


「……あ」


胸が、きゅっと縮む。

知らない場所。

知らない人。

初めての所属。


逃げたい気持ちが、ほんの一瞬だけ顔を出す。


でも――

昨日、芽を避けたときの感覚が、まだ指先に残っている。


エレノアは深呼吸をして、扉を押した。



中は、静かだった。


薬草の匂い。

乾燥させた葉が束ねられ、壁にかかっている。

作業台には土のついた籠や、剪定ばさみ。


「……あの」


声を出すと、思ったよりも小さかった。


奥で、若い女性が顔を上げる。

年は、エレノアとそう変わらなさそうだ。

髪を一つにまとめ、袖をまくっている。


「あ、新人さん?」


その声は、思った以上に明るかった。


「え、えっと……はい。

 たぶん……」


曖昧な返事になってしまう。

相手は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。


「大丈夫大丈夫。

 最初はみんなそんな感じだから」


そう言って、手を拭きながら近づいてくる。


「私、ミラ。

 園芸師見習い――というか、

 雑用係みたいなものだけど」


「……エレノア、です」


名乗るとき、少しだけ背筋が伸びた。

この名前を、人に向かって使うのは初めてだった。


「エレノア。

 うん、いい名前」


ミラは、自然にそう言った。

評価でも、社交辞令でもない。

ただ、受け取ってくれた感じ。


胸の奥が、少しだけ緩む。


「それで、今日はどうしたの?」


「……園芸師として、

 できることがあるか……

 知りたくて」


ミラは、エレノアの装いと手元を見た。

剣も、盾もない。

でも、視線の動きが落ち着いている。


「ふーん……

 じゃあ、ちょっと手伝ってみる?」


「……え?」


思わず声が裏返った。


「登録とか説明とか、

 そういうのは後でいいからさ。

 今、人手足りなくて」


そう言って、ミラは籠を差し出す。

中には、見たことのない葉が入っていた。


「これ、仕分け。

 触る前に、匂い嗅いでみて」


エレノアは戸惑いながらも、籠を受け取る。

葉に触れないよう、そっと匂いを確かめる。


――湿り気。

――少しだけ、苦い。

――昨日の芽と、似た疲れ。


「……この葉、

 水、もらいすぎてます」


ミラが目を丸くした。


「え、分かるの?」


「……なんとなく、です」


「なんとなくで当てるの、

 結構すごいよ?」


ミラは楽しそうに笑った。


「じゃあさ、

 それ、分けてみて。

 元気なやつと、

 ちょっと休ませたいやつ」


エレノアは頷き、

静かに仕分けを始める。


言葉は少ない。

でも、手は迷わない。


気づくと、周囲の音が気にならなくなっていた。

ここは、戦場じゃない。

急かされる場所でもない。


「……ね」


作業の途中で、ミラが声をかける。


「エレノアってさ、

 戦える人?」


エレノアは、少しだけ手を止めた。


「……できなくは、ないです。

 でも……今は、

 あまり、やらなくて」


ミラは「そっか」とだけ言った。


「うち、そういう人も多いよ。

 前に出るの、疲れちゃった人」


その言葉が、胸にすっと落ちた。


「……よかった」


思わず、そう零れていた。


ミラは一瞬きょとんとしてから、

にっと笑う。


「でしょ?

 ここ、地味だけどさ。

 ちゃんと世界に必要だから」


エレノアは、葉を籠に戻しながら、小さく頷いた。


必要。

その言葉が、少しだけ重く、少しだけ嬉しい。


扉の外で、街の音が続いている。

冒険者の声。

武器の音。

喧騒。


でも、ここには、

土と葉と、静かな会話がある。


エレノアは思った。


――ここなら。

――少しずつなら。

――やっていけるかもしれない。


影の気配が、背後でそっと揺れた。

何も言わない。

ただ、見守るように。


エレノアは、籠を抱え直す。


戦わない選択は、

間違いじゃなかった。


そう、初めて思えた。


(つづく)


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