表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/114

幕間 朝霧しおりの夜 ――そして、向こう側で

その失敗は、本当に小さなものだった。


誰かを傷つけたわけでもない。

叱られたわけでもない。

ただ――少し、噛み合わなかっただけ。


「……あ」


相手の表情が、わずかに変わったのを見て、

しおりは言葉を止めた。


一拍、遅かった。


「……いえ、大丈夫です」


相手はそう言ってくれた。

声も、態度も、優しかった。


でも、

分かってしまった。


――今の、

――言い方、違ったな。


もっと短く言えた。

もっと早く伝えられた。

相手が迷う前に、出せた言葉だった。


「……すみません」


言う必要はなかったのに、

口が勝手に動いた。


相手は、少し困った顔で笑った。


「いえ、本当に大丈夫ですよ」


それで終わりだった。


仕事は続く。

時間も流れる。


誰も責めていない。

問題も残っていない。


それでも、

胸の奥に、

小さな引っかかりだけが残った。


「……やっちゃったな」


帰り道、

夜風がやけに冷たく感じた。


完璧にやろうとしたわけじゃない。

良かれと思っただけ。


でも、

“ちょうどいい距離”を、

ほんの少し越えた。


それが分かるから、

余計に重い。


部屋に戻り、

灯りをつける。


エアコンの音。

いつもの静けさ。


「……疲れてるんだろうな」


そう言い聞かせても、

胸の奥は、ざわついたままだった。


椅子に座り、

何も映っていないモニターを見つめる。


昔なら、

この時間は違った。


考える前に、動いていた。

言葉が詰まることもなかった。


「……戻れない、か」


ぽつりと、零れる。


後悔じゃない。

未練とも違う。


ただ、

今の自分が、

あの頃と違うという事実。


息が、少し浅くなる。


「あ……」


胸の奥が、きゅっと縮む。

視界が、少しだけ遠くなる。


「……だめだ」


しおりは椅子にもたれ、

目を閉じた。


――大丈夫。

――落ち着いて。


でも、

その声は、

現実のどこからも聞こえない。


意識が、

静かに沈んでいく。


でも、

何かを失う感覚はなかった。


エアコンの音が遠のき、

代わりに、水の流れる音が近づく。


モニターの光が薄れ、

月明かりが、視界に滲んだ。


そこは――

夜の畑だった。


畑は、夜の気配をまとっている。


エレノアは、

自分がここに立っている理由を、

考えなかった。


胸の奥が、少し落ち着かない。


理由は分からない。

でも、

今、何かを見ておく必要がある。


足元の土が、

わずかに湿りすぎている。


水が、必要以上に寄ってきていた。


「……ルミナ」


名前を呼ぶと、

気配が、すぐそばに寄る。


――分かってる。


言葉はない。

でも、そう伝わった。


「……誰か、

 うまく出来なかった夜、

 ですよね」


自分でも不思議なくらい、

そう確信していた。


水の流れが、

ほんの少しだけ緩む。


土が、崩れない位置で留まる。


派手な変化はない。

誰も気づかない。


でも――

これでいい。


「……大丈夫」


誰に向けた言葉でもない。

それでも、

胸の奥が、静かになる。


ルミナの気配が、

そっと寄り添った。


――守る。


それだけ。


エレノアは、

夜空を見上げる。


名前も、顔も、浮かばない。

それでも、

届いている感覚だけは、確かだった。


「……おやすみなさい」


夜の風が、

やさしく通り抜ける。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ