幕間 朝霧しおりの夜
部屋の灯りを落としても、
すぐには眠れなかった。
天井を見上げたまま、
しおりは片手を胸に置く。
まだ、少し速い。
「……落ち着け」
誰に言うでもなく、呟く。
目を閉じると、
別の景色が浮かんだ。
暗い部屋。
光る画面。
ヘッドセット越しの声。
――いける。
――次、合わせて。
――今、出して。
自分の声だった。
はっきりしていて、
迷いがなくて、
少しだけ強かった頃の声。
「……あの頃は」
眠りかけの意識の中で、
言葉が漏れる。
勝つことが楽しかった。
うまく噛み合った瞬間の高揚。
仲間と同じ方向を向いている感覚。
誰かが倒れそうになれば、
自然と前に出た。
責任は重かったけれど、
それ以上に、
“自分が必要とされている”実感があった。
「……でも」
場面が切り替わる。
空気が重くなる夜。
うまくいかない作戦。
沈黙が増えていく通話。
誰も責めていないのに、
自分だけが責められているような気がしていた。
――次は、どうする?
問いかけられるたび、
胸の奥が縮む。
間違えられない。
引けない。
弱いところを見せられない。
「……しんどかったな」
今なら、そう言える。
当時は、
言えなかった。
目を閉じたまま、
しおりは小さく息を吐く。
体を動かす仕事も、
嫌いじゃなかった。
むしろ、好きだった。
疲れるけれど、
考えすぎなくて済む。
でも――
止められた。
「……ですよね」
医師の声を思い出す。
無理をすれば、
戻れなくなるかもしれない。
それは脅しじゃなく、
事実だった。
「……分かってます」
そう答えた自分の声は、
驚くほど静かだった。
前に出る役目を、
手放した。
戦う場所を、
失った。
代わりに選んだのは、
人のそばにいる仕事。
「……助ける側、
だったはずなのに」
気づけば、
感情の重さに
足が止まることが増えた。
相手の言葉に傷つき、
自分の言葉に迷い、
一歩引いて見る癖がついた。
「……弱くなったのかな」
問いは、
すぐに消えない。
でも。
土の匂いが、
ふっと重なる。
水の音。
風の感触。
「……エレノア」
その名前を呼ぶと、
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
戦わない。
前に出ない。
でも、逃げない。
誰かを押しのけず、
静かにそばにいる。
「……私が、
なりたかった姿なのかも」
答えは、まだ出ない。
でも、
否定する気持ちもなかった。
しおりは、
ゆっくり寝返りを打つ。
「……明日も、
ちゃんと生きよう」
そう言って、
目を閉じる。
土の感触が、
今度は、はっきり残った。
(つづく)




