第220話 壊さない手
風が強くなる。
砂が舞う。
だが。
エレノアは動かない。
女性も、部隊も。
誰も動かない。
「……ここでか」
女性が低く言う。
エレノアは頷く。
「はい」
短く。
それだけ。
エレノアはゆっくりと膝をついた。
砂に触れる。
両手を、そっと置く。
押し込まない。
力を込めない。
ただ、触れる。
ネファルが言う。
(浅く)
ラグナが言う。
(無理すんなよ)
ヴェルナシアが囁く。
(繋ぐ)
エレノアは目を閉じる。
深くは行かない。
落ちない。
“境界の手前”
そこに留まる。
呼吸を整える。
一度。
二度。
三度。
そして。
“触れる”
地下。
あの存在。
直接ではない。
だが。
“届く”
ほんのわずか。
だが確実に。
――来たか
声。
遠い。
だが、繋がっている。
エレノアは答える。
(はい)
短く。
揺れない。
――浅い
その言葉に、エレノアは頷く。
(はい)
(ここまでです)
沈黙。
だが。
拒まれない。
ネファルが言う。
(許容されている)
ラグナが言う。
(いい位置だな)
ヴェルナシアが囁く。
(境界)
エレノアはゆっくりと息を吐く。
そして。
“流す”
力ではない。
魔力でもない。
“整える意識”
乱れている流れを。
押さえつけない。
導かない。
ただ。
“整える”
砂が、わずかに動く。
誰にも見えないほど。
だが。
確実に。
足元の感触が変わる。
後ろの一人が小さく言う。
「……変わった」
女性は何も言わない。
ただ、見ている。
エレノアの手元を。
砂の流れを。
空気の変化を。
地下。
“それ”がわずかに応じる。
押し返さない。
拒まない。
ただ。
“合わせる”
エレノアは深く入らない。
触れすぎない。
保つ。
この位置。
この距離。
ネファルが言う。
(制御していない)
ラグナが言う。
(押してもねぇ)
ヴェルナシアが囁く。
(寄り添っている)
エレノアは目を開ける。
手はまだ砂の上。
そして。
ゆっくりと離す。
それだけ。
何も壊れていない。
何も奪っていない。
だが。
空気は変わっている。
女性が一歩前に出る。
足元を確認する。
砂を踏む。
沈み方が違う。
わずかに。
ほんのわずか。
だが確実に。
「……何をした」
低い声。
だが。
先ほどとは違う。
エレノアは答える。
「整えただけです」
それだけ。
女性は言葉を続けない。
しばらく、足元を見る。
そして。
エレノアを見る。
「……取っていないな」
確認。
エレノアは頷く。
「はい」
「何も」
ネファルが言う。
(事実)
ラグナが言う。
(完全に見せたな)
ヴェルナシアが囁く。
(違い)
女性は長く沈黙する。
風が砂を流す。
やがて。
小さく言った。
「……あり得ない」
否定ではない。
理解が追いついていない。
その言葉だった。
後ろの一人が言う。
「干渉は最小限……だが」
「流れは改善している」
女性は手を上げる。
止める。
そのまま。
エレノアを見る。
長い時間。
そして。
「……お前は何者だ」
初めての問い。
エレノア個人へ。
エレノアは少しだけ考える。
そして。
静かに言った。
「通る者です」
それだけ。
名乗らない。
誇らない。
ただ、それだけ。
沈黙。
風が止む。
女性はしばらく動かない。
やがて。
ゆっくりと下がる。
一歩。
「……今日は退く」
後ろの者たちがわずかに動く。
だが逆らわない。
女性は続ける。
「だが」
ほんのわずかな間を置く。
「次は同じとは限らない」
警告。
だが。
先ほどとは違う。
“理解を含んだ言葉”
エレノアは頷く。
「はい」
それで終わりだった。
部隊は静かに離れていく。
砂の中へ。
音もなく。
ネファルが言う。
(通った)
ラグナが言う。
(すげぇな)
ヴェルナシアが囁く。
(繋がった)
エレノアは立ち上がる。
空を見る。
風が戻る。
何も変わらない。
だが。
確実に。
“何かが変わった”




