第218話 境界の内側
夜。
風は弱い。
だが、止んではいない。
砂がわずかに流れている。
エレノアは一人、あの場所に立っていた。
迷いはない。
昨日とは違う。
呼ばれて来たのではない。
自分で、ここに立っている。
ネファルが言う。
(安定している)
ラグナが言う。
(向こうも待ってるな)
ヴェルナシアが囁く。
(開く)
エレノアは息を整える。
そして。
一歩、踏み出す。
砂が沈む。
音はない。
だが。
“道ができる”
左右に流れる砂。
ゆっくりと、確実に。
拒まれない。
導かれている。
エレノアは止まらない。
降りる。
一歩ずつ。
光が遠ざかる。
空気が変わる。
重い。
だが。
前よりも、穏やかだ。
ネファルが言う。
(受け入れが進んでいる)
ラグナが言う。
(完全に拒否はねぇな)
ヴェルナシアが囁く。
(深い)
やがて。
足が止まる。
広い空間。
昨日と同じ場所。
だが。
違う。
“近い”
中央。
そこに“それ”がある。
大地と一体化した存在。
巨大。
動いている。
ゆっくりと。
呼吸のように。
エレノアは一定の距離で止まる。
頭を下げる。
(来ました)
沈黙。
だが。
すぐに。
――分かっている
昨日よりも、はっきりとした声。
重い。
だが。
拒絶はない。
エレノアは顔を上げる。
(今日は、自分で来ました)
ほんのわずかな間が空く。
空気が揺れる。
ネファルが言う。
(変化を認識している)
ラグナが言う。
(“呼ばれた”じゃねぇって分かったな)
ヴェルナシアが囁く。
(選んだ)
“声”が低く響く。
――人は選ばぬ
エレノアは答える。
(私は選びます)
沈黙。
だが。
“閉じない”
そのまま続く。
――なぜだ
問い。
深い。
エレノアは少しだけ考える。
そして言う。
(あなたが壊していないからです)
(支えているから)
空気がわずかに変わる。
ネファルが言う。
(届いている)
ラグナが言う。
(いい線いってるな)
ヴェルナシアが囁く。
(触れている)
“声”が続く。
――人は奪う
エレノアは頷く。
(そういう人もいます)
(でも)
言葉を選ぶ。
(私は違います)
沈黙。
長い。
だが。
“切れない”
やがて。
――……軽い
同じ言葉。
だが。
今は違う。
“否定ではない”
エレノアは一歩だけ前に出る。
距離が縮まる。
空気が重くなる。
だが。
止まらない。
(あなたの重さを)
(少しだけ、分けてもらえますか)
ネファルが沈黙する。
ラグナが言う。
(おいおい)
ヴェルナシアが囁く。
(踏み込んだ)
“声”はすぐには答えない。
長い沈黙。
そして。
――……触れるな
低い声。
だが。
拒絶ではない。
“警告”
エレノアは手を止める。
そのまま下げる。
(無理には触れません)
沈黙。
そして。
ほんのわずか。
“空気が緩む”
――……そうか
その時。
ネファルが言う。
(来る)
ラグナが言う。
(上だ)
ヴェルナシアが囁く。
(複数)
エレノアも感じる。
地上。
砂の上。
“動いている”
そして。
地下にも。
わずかに。
“別の流れ”
“声”が低く言う。
――近い
エレノアは頷く。
(はい)
“声”は続ける。
――人だ
短く。
はっきりと。
エレノアは問いかける。
(あなたを使っている人たちですか)
沈黙。
そして。
わずかな揺れ。
それが答えだった。
ネファルが言う。
(繋がっている)
ラグナが言う。
(向こうもここ使ってるな)
ヴェルナシアが囁く。
(重なる)
“声”が言う。
――壊すか
問い。
だが。
試しではない。
“選択を見ている”
エレノアはすぐには答えない。
考える。
そして。
静かに言った。
(壊しません)
(でも)
少しだけ間を置く。
(止めます)
沈黙。
長い。
だが。
“切れない”
やがて。
――……そうか
ほんのわずか。
“深くなる”
繋がりが。
押し付けない。
だが。
確実に。
“認めた”
その瞬間。
上で。
砂がわずかに崩れる音。
遠い。
だが。
近づいている。
ネファルが言う。
(時間がない)
ラグナが言う。
(来るぞ)
ヴェルナシアが囁く。
(重なる)
エレノアは一歩下がる。
(また来ます)
“声”は答えない。
だが。
拒まない。
それだけで十分だった。
エレノアは振り返る。
上へ向かう。
光のある方へ。
だが。
もう違う。
“選んだ”
そして。
“認められた”
砂の奥で。
静かに。
だが確実に。
何かが変わっていた。




