第211話 止める者
朝。
砂漠の空はすでに白んでいた。
エレノアは一人、外に出ていた。
風は弱い。
だが。
足元の感覚は消えていない。
繋がりは残っている。
ネファルが言う。
(まだある)
ヴェルナシアが囁く。
(近い)
ラグナが言う。
(呼ばれてるな)
エレノアは何も答えない。
ただ、砂の向こうを見ている。
その時。
足音がした。
振り返る。
ヴァルクだった。
何も言わず、エレノアの隣に立つ。
しばらく沈黙が続く。
風の音だけ。
やがて、ヴァルクが言う。
「行く気か」
短い言葉。
エレノアは少しだけ間を置いた。
「……はい」
ヴァルクは前を見たまま言う。
「やめておけ」
それだけだった。
強くもない。
だが、重い。
エレノアは視線を落とさない。
「理由を聞いてもいいですか」
ヴァルクは少しだけ沈黙する。
そして言う。
「戻れなくなる」
それ以上は言わない。
説明もしない。
ただ、それだけ。
ネファルが言う。
(知っている)
ヴェルナシアが言う。
(経験している)
ラグナが低く言う。
(……ただの勘じゃねぇな)
エレノアは静かに言った。
「それでも」
言葉を選ぶ。
「行かなければ分からないことがあります」
ヴァルクの視線がわずかに動く。
エレノアを見る。
「何がだ」
短く。
鋭く。
エレノアは答える。
「……あれが何を守っているのか」
沈黙。
風が砂を流す。
ヴァルクは言う。
「守っているとは限らない」
エレノアは首を振る。
「いいえ」
「違います」
言い切る。
ネファルがわずかに沈黙する。
ラグナが言う。
(珍しいな)
ヴェルナシアが言う。
(見えている)
エレノアは続ける。
「怒っています」
「でも」
少しだけ言葉を止める。
「壊そうとはしていません」
ヴァルクは黙って聞いている。
エレノアは言う。
「だから」
「話せると思います」
長い沈黙。
ヴァルクは目を閉じる。
一瞬だけ。
そして開く。
「……そうか」
それだけだった。
止めない。
だが、肯定もしない。
ただ。
一歩、前に出る。
砂を踏む。
「なら一つだけ」
エレノアを見る。
「戻れ」
同じ言葉。
だが。
意味が違う。
“必ず帰ってこい”
エレノアは頷く。
「はい」
それで終わりだった。
ヴァルクはそれ以上何も言わない。
背を向ける。
戻る。
止めない。
任せた。
それだけだった。
ラグナが言う。
(いいのかよ)
ネファルが言う。
(試された)
ヴェルナシアが囁く。
(見ている)
エレノアは前を向く。
砂の向こう。
昨日の場所。
そして。
その下。
静かに言った。
「行きます」
風が止む。
砂がわずかに揺れる。
“応えた”




