第208話 砂の奥で
朝。
太陽が昇る前に、エレノアは立っていた。
砂はまだ冷たい。
夜の名残が残っている。
レナもすでに起きていた。
「行くか」
短い言葉。
エレノアは頷く。
二人は言葉を交わさず歩き出した。
後ろには数人の隊員。
距離を取り、慎重に進む。
昨日の場所へ。
足が止まる。
同じ場所。
だが、昨日とは違う。
空気が重い。
風が、避けている。
ヴェルナシアが囁く。
(ここ)
ネファルが言う。
(開いている)
ラグナが低く言う。
(昨日より深いな)
エレノアは前に出る。
一歩。
砂を踏む。
沈む。
その瞬間。
地面が動いた。
音はない。
だが確かに。
“割れる”
砂が左右に流れる。
下が見える。
黒い層。
ただの土ではない。
光を吸うような色。
レナが一歩前に出る。
「……地下か」
エレノアは止まらない。
視線はその奥。
感じる。
昨日の“声”。
ネファルが言う。
(来る)
その時。
“それ”が動いた。
下から。
ゆっくりと。
巨大な質量。
砂が押し上げられる。
空気が震える。
そして。
現れた。
完全な姿ではない。
一部だけ。
だがそれでも。
“圧倒的”
岩のような質感。
だが、生きている。
表面がわずかに動く。
呼吸のように。
ラグナが低く言う。
(でかいな)
ヴェルナシアが言う。
(古い)
ネファルが言う。
(……深層)
エレノアは動かない。
ただ見ている。
その存在もまた。
“見ている”
目はない。
だが確実に。
視線がある。
そして。
“声”
――来たか
昨日より、はっきりしている。
重い。
遅い。
だが、確実に届く。
レナが剣に手をかける。
「下がるか?」
エレノアは首を振る。
「大丈夫です」
“声”が続く。
――壊さぬのか
エレノアは静かに答える。
(壊す理由がありません)
沈黙。
長い。
砂がわずかに流れる。
その存在が、わずかに動く。
――人は壊す
エレノアは目を逸らさない。
(そういう人もいます)
(ですが)
言葉を選ぶ。
(私は違います)
ラグナが言う。
(言い切ったな)
ネファルは何も言わない。
ただ見ている。
“声”が揺れる。
――軽い
昨日と同じ言葉。
だが、意味が違う。
エレノアは問い返す。
(何がですか)
少しの沈黙。
そして。
――背負っていない
その言葉に。
エレノアの呼吸がわずかに変わる。
ヴェルナシアが低く言う。
(見ている)
“声”は続ける。
――この地は重い
砂がわずかに震える。
――奪われた
ネファルが言う。
(地脈)
ラグナが言う。
(誰かがやってるな)
エレノアはゆっくり言った。
(知っています)
完全ではない。
だが。
感じている。
この地の歪み。
地下遺構。
研究施設。
繋がる。
“声”が低く響く。
――ならば
一瞬。
空気が変わる。
圧が強くなる。
だが。
攻撃ではない。
問いだ。
――なぜ来た
エレノアは答える。
(確かめるためです)
沈黙。
その後。
ほんのわずか。
“空気が緩む”
――……面白い
ラグナが笑う。
(気に入られたな)
ネファルが言う。
(違う)
(まだ判断していない)
エレノアは一歩だけ前に出る。
(あなたは)
言葉を選ぶ。
(ここを守っているのですか)
“声”は答えない。
だが。
地面が、わずかに揺れた。
それが答えだった。
レナが低く言う。
「……引くぞ」
これ以上は危険。
それは分かる。
エレノアも頷く。
(また来ます)
“声”は答えない。
だが。
拒まなかった。
それだけで十分だった。
エレノアはゆっくり後ろへ下がる。
砂が戻る。
裂け目が閉じる。
何もなかったかのように。
だが。
確実にそこに“いる”
レナが小さく息を吐く。
「……とんでもないな」
エレノアは静かに言った。
「はい」
その存在は。
敵ではない。
だが。
味方でもない。
ただ。
“そこに在る”
砂の奥で。
ずっと。




