第205話 砂の夜
日が沈むと、砂漠は別の顔を見せた。
昼の熱が嘘のように消えていく。
風が冷たくなる。
砂の上に張っていた空気が、ゆっくりと抜けていくようだった。
「……冷えるな」
レナが肩を軽く回す。
隊は小さな陣を組んでいた。
簡易の布と支柱で、風を少しだけ防ぐ。
火は小さい。
砂漠では、余計な目印は作らない。
エレノアは少し離れた場所に道具を置いていた。
木の枠。
布。
そして、角度をつけた板。
ラグナが覗き込む。
(昼に作ってたやつか)
「はい」
エレノアは空気に手をかざす。
夜の冷えた空気。
わずかに湿りを含んでいる。
「これで少しだけ水が集まります」
ラグナが言う。
(こんな乾いた場所でか)
ネファルが低く言う。
(温度差)
エレノアは頷いた。
「はい」
「昼に温められた空気が、夜に冷えると……」
説明は途中で止める。
水滴が、静かに落ちた。
小さな音。
ぽつり、と。
ラグナが笑う。
(本当に出たな)
エレノアは小さく息を吐く。
「少しだけですが」
「あるのとないのでは違います」
集まる水はわずかだった。
だが。
確かに“ある”。
砂の世界の中で、それは大きかった。
ルミナが静かに光を揺らす。
(……きれい)
エレノアは水滴を見つめた。
冷たい光を映している。
静かな夜だった。
風の音。
砂の擦れる音。
遠くで誰かが低く話している気配。
その中で。
ヴェルナシアが言った。
(……変わった)
エレノアの手が止まる。
「どこですか」
ネファルが言う。
(昼の場所)
ラグナも続く。
(あの違和感のとこか)
エレノアはゆっくり立ち上がる。
視線を、昼に通った方向へ向ける。
暗くて見えない。
だが。
感じる。
「……少し、強くなっています」
レナがこちらを見る。
「何かあったか」
エレノアは答える。
「昼に感じた場所です」
レナは少し考える。
「行くか?」
エレノアは首を振る。
「いえ」
「今はまだ」
夜の砂漠。
視界は悪い。
無理に動く場所ではない。
だが。
その時。
足元の砂が、わずかに動いた。
ほんのわずか。
だが確かに。
エレノアは視線を落とす。
砂が流れる。
風とは違う動き。
下から、押されるような。
ネファルが低く言う。
(来ている)
ラグナが言う。
(地面だな)
ヴェルナシアが囁く。
(……深い)
エレノアは動かなかった。
ただ、足元を見る。
砂はすぐに静かになった。
何もなかったように。
だが。
感覚だけが残る。
「……今のは」
レナが低く言う。
「見たな」
エレノアは頷く。
「はい」
レナは短く言った。
「明日、確認する」
それだけだった。
火が小さく揺れる。
夜は静かに続いている。
だがその下で。
砂の奥で。
何かが目を覚まし始めていた。




