第203話 砂へ向かう準備
朝の工房は静かだった。
窓から入る光が作業台を照らしている。
木の香り。
油の匂い。
エレノアは机の上に並べた道具を見ていた。
小さな金具。
木の枠。
薄い金属板。
ラグナが言う。
(また何か作るのか)
エレノアは小さく頷く。
「砂漠ですから」
「水の管理が必要です」
ネファルが低く言う。
(蒸発)
「はい」
エレノアは木の枠を組みながら続ける。
「昼と夜で温度差が大きい場所では、空気の水分が集まることがあります」
ラグナが笑う。
(よく分からねぇが水が出来るのか)
「少しだけです」
木の枠に布を張る。
薄い金属板を角度をつけて固定する。
小さな箱のような形になる。
「夜の空気が冷えると、水滴が落ちます」
ネファルが言う。
(集水器)
エレノアは微笑んだ。
「そんな感じですね」
作業台の横では、もう一つの道具が出来上がっていた。
小さな箱。
木と金属で作られている。
内部は空洞だ。
ラグナが覗き込む。
(これは何だ)
エレノアは少し考える。
「保存箱です」
「砂漠は昼の熱が強いので」
ネファルが言う。
(熱を遮る)
「はい」
箱の内側には布と薄い板が重ねられている。
空気の層を作る構造だった。
エレノアは指で箱を軽く叩く。
「まだ簡単なものですが」
「少しは温度が安定します」
ラグナが言う。
(お前は戦うより作ってる時間の方が長いな)
エレノアは少し笑った。
「作る方が好きですから」
その時。
扉が開いた。
レナだった。
「やっぱりここにいた」
エレノアは振り返る。
レナは工房を見回す。
「遠征の準備?」
「はい」
レナは机の道具を見る。
「また変なもの作ってるな」
ラグナが笑う。
(変じゃねぇ)
エレノアは箱を閉じる。
「砂漠では必要になると思います」
レナは腕を組んだ。
「確かに」
「水が一番困るからな」
レナは少し真面目な顔になる。
「調査団が動くらしい」
エレノアは頷いた。
「ヴァルクから聞きました」
レナは短く言う。
「エルザリア」
その名前が工房の空気を少し変えた。
ラグナが言う。
(砂の国か)
ネファルが言う。
(地脈)
エレノアは窓の外を見る。
街は静かだった。
だがその向こうにあるのは
広い砂の世界。
レナが言う。
「まだ正式な遠征じゃない」
「まずは調査」
エレノアは頷いた。
「分かっています」
レナは笑う。
「でもお前は来るだろ」
エレノアは少しだけ考える。
そして答えた。
「……はい」
風が窓を揺らす。
ヴェルナシアが囁く。
(砂の風)
ネファルが言う。
(動いている)
ラグナが笑う。
(面白くなりそうだ)
エレノアは作業台に置かれた道具を見る。
小さな準備。
だがその先には。
まだ見ぬ国。
砂の王国。
エレノアは静かに言った。
「もう少し作ります」
旅はまだ始まったばかりだった。




