第201話 静かな街の朝
遠征から数日が経った。
街はいつも通りの朝を迎えていた。
石畳の通り。
朝市の声。
焼きたてのパンの香り。
エレノアはゆっくり歩く。
遠征隊の宿舎を出て、市場へ向かう道だった。
「お、エレノアさん」
商人が手を振る。
「帰ってきたって聞いたよ」
エレノアは軽く頭を下げた。
「はい。昨日戻りました」
「怪我は?」
「大丈夫です」
商人は安心したように笑う。
「よかった」
エレノアはまた歩き出す。
朝の街は穏やかだった。
だが。
ヴェルナシアが小さく囁く。
(風が落ち着かない)
エレノアは空を見上げる。
青い空。
雲は薄い。
嵐の気配はない。
ラグナが言う。
(俺は何も感じねぇ)
ネファルが低く言う。
(遠い)
ルミナは静かなままだった。
エレノアは市場を抜け、職人街へ向かう。
木工の工房。
鍛冶屋。
錬金の店。
朝から職人たちが働いている。
木工職人の老人が声をかけた。
「遠征どうだった」
エレノアは少し考える。
「……地下遺構でした」
老人は笑う。
「厄介な場所だな」
エレノアはそれ以上言わなかった。
地下で見たもの。
守護獣。
古い装置。
そして。
眠る光。
その時。
後ろから足音がした。
振り返る。
ヴァルクだった。
黒い外套。
変わらない静かな視線。
ヴァルクは短く言う。
「エレノア」
それだけだった。
エレノアは頷く。
二人は街の外へ続く道を歩き始めた。
しばらく沈黙が続く。
やがてヴァルクが言う。
「地下遺構」
エレノアは理解する。
「調査ですか」
ヴァルクは小さく頷いた。
「地脈が歪んでいる」
ネファルが低く言う。
(やはり)
ヴァルクは続ける。
「研究施設だった」
それ以上説明しない。
エレノアは静かに聞く。
少し間があく。
ヴァルクが言った。
「一つ名前が出ている」
エレノアは視線を上げる。
ヴァルクは遠くを見る。
西の地平線。
砂色の大地。
そして短く言う。
「エルザリア」
その名だけが落ちた。
ヴェルナシアが低く囁く。
(嵐の源)
エレノアは目を閉じる。
遠い砂の国。
まだ見ぬ場所。
だが確実に何かが繋がっている。
ヴァルクはそれ以上言わなかった。
ただ一言。
「気をつけろ」
エレノアは頷いた。
遠くで鐘が鳴る。
街はいつも通りの朝を迎えていた。
だが。
西の砂漠では。
静かに何かが動き始めていた。




