第200話 眠るものの声
守護獣が崩れ落ちたあと。
地下空間には、重い静けさが残っていた。
砕けた結晶。
ひび割れた石床。
そして、ゆっくりと弱まっていく地脈炉の光。
レナが槍を地面に立てた。
「……終わったか?」
グレンが斧を肩に担ぐ。
「さすがに今度は動かないだろ」
守護獣の巨体は、もう動かなかった。
黒い結晶は光を失い、ただの石の塊のように崩れている。
カイルが地脈炉を見つめる。
「魔力の流れが……弱くなっています」
ヴァルクが頷く。
「炉が止まり始めている」
リサが天井の暗闇を見上げる。
「上の森も、少しは静かになるかもね」
だが。
エレノアは動かなかった。
地脈炉の奥を見ている。
ネファルが低く言う。
(まだある)
ラグナが言う。
(感じるな)
ヴェルナシアが囁く。
(古い風)
エレノアはゆっくり歩き出した。
炉の奥へ。
レナが声をかける。
「エレノア?」
エレノアは答えない。
ただ、何かに導かれるように歩いている。
地脈炉の後ろ。
岩壁の奥。
そこには、小さな通路があった。
カイルが驚く。
「こんなところに……」
ヴァルクが言う。
「隠し通路だ」
通路は短かった。
十歩ほど進むと。
小さな空間に出る。
そこには――
一つの結晶があった。
大きくはない。
人の背丈ほど。
だが。
中に何かがいる。
エレノアは結晶の前で止まった。
そして。
胸の奥が、強く揺れる。
ネファルが言う。
(召喚存在)
ラグナが低く言う。
(かなり古い)
ヴェルナシアが囁く。
(風より古い記憶)
結晶の中。
そこには、小さな光が眠っていた。
生きている。
だが、深く眠っている。
カイルが震える声で言う。
「……封印」
ヴァルクが言う。
「研究対象だろう」
レナが顔をしかめる。
「また閉じ込めてたのか」
エレノアは結晶に手を触れた。
その瞬間。
意識の奥に、声が響いた。
遠い。
とても遠い。
だが確かに。
(……契約の子)
エレノアの目がわずかに開く。
(久しい)
ネファルが言う。
(話している)
ラグナが言う。
(気に入られたな)
ヴェルナシアが静かに言う。
(古い者だ)
エレノアは小さく呟いた。
「……あなたは」
光はゆっくり揺れる。
(まだ……目覚める時ではない)
その声は弱い。
だが。
とても静かで、穏やかだった。
(だが)
(嵐は来る)
(その時)
(また会おう)
光が少しだけ強くなる。
そして。
静かに眠りへ戻った。
エレノアは手を離した。
レナが聞く。
「何だった?」
エレノアは少し考えた。
そして言う。
「……古い召喚存在です」
ヴァルクの目が鋭くなる。
「封印を解くか?」
エレノアは首を振った。
「まだです」
「今ではありません」
カイルが言う。
「この結晶……かなり古い術式です」
「簡単には壊せません」
グレンが肩をすくめる。
「なら今日は帰るか」
レナが笑う。
「大冒険だったな」
ヴァルクは最後に地脈炉を見る。
光は、ほとんど消えていた。
「撤退する」
遠征隊は通路へ戻る。
地下遺構。
守護獣。
研究施設。
そして。
眠る召喚存在。
すべてを残したまま。
エレノアは最後に振り返った。
結晶は静かに光っている。
ヴェルナシアが囁く。
(嵐は遠い)
ネファルが言う。
(だが来る)
ラグナが笑う。
(その時が楽しみだ)
エレノアは静かに言った。
「……また来ます」
地下遺構の奥。
眠る光は、ほんのわずかに揺れた。
それは。
未来の約束のようだった。




