第194話 思想の境界
地下施設の空気は、静まり返っていた。
巨大な結晶装置の光だけが、部屋を青く照らしている。
その中央。
鎖に繋がれた召喚存在。
光の獣。
苦しそうに呼吸している。
そしてその前に、一人の男。
黒い外套。
静かな目。
男はゆっくりと遠征隊を見回した。
「……なるほど」
声は落ち着いていた。
怒りも焦りもない。
まるで予想していたかのようだった。
レナが槍を少し下げて言う。
「見つかってたか」
男は首を横に振る。
「いや」
「ただ」
「この場所を見つける者がいるなら」
「少し興味があった」
グレンが斧を肩に乗せる。
「ずいぶん余裕だな」
男は笑う。
小さく。
「余裕ではない」
「確認だ」
ヴァルクが一歩前へ出る。
「ここは何だ」
男は答えない。
代わりに、装置の方を見る。
地脈の光が流れている。
そして召喚存在へ集まっている。
男は静かに言う。
「世界の力だ」
カイルが眉をひそめる。
「……何をしている」
男は振り返る。
「見ての通りだ」
「集めている」
レナが言う。
「召喚獣を縛ってな」
男は少し考える。
「縛っている……か」
「そう見えるのは当然だ」
エレノアは一歩前へ出た。
男の視線が向く。
男は少しだけ目を細める。
「……君か」
エレノアは言う。
「その子を離してください」
男は驚いた顔をした。
本当に少しだけ。
「その子」
男は装置を見る。
光の獣。
鎖に繋がれた召喚存在。
男は言う。
「君にはそう見えるのか」
エレノアは答える。
「見えるとかではありません」
「感じます」
「苦しんでいます」
男は少し黙った。
そして言う。
「当然だ」
その言葉に、レナが槍を握る。
「おい」
男は続ける。
「力を取り出している」
「痛みはある」
カイルが声を上げる。
「それを当然と言うのか!」
男はカイルを見る。
「当然だ」
「世界はそうやって動いている」
沈黙。
男はゆっくり歩く。
装置の横へ。
そして召喚存在を見る。
「人は畑を耕す」
「木を切る」
「石を砕く」
「だが」
「召喚獣は特別だと言う」
男は少し笑う。
「不思議だ」
エレノアの声は静かだった。
「違います」
男の目がエレノアに戻る。
エレノアは言う。
「召喚存在は」
「道具ではありません」
「意思があります」
男はしばらく彼女を見ていた。
そして小さく言う。
「理想だ」
「契約」
「共存」
「対話」
男は肩をすくめる。
「そんなものは、強い国の思想だ」
グレンが眉をひそめる。
男は続ける。
「弱い国には」
「選択肢がない」
ヴァルクの目が細くなる。
男は静かに言う。
「世界は平等ではない」
「だから」
「力を作る」
レナが言う。
「召喚獣を兵器にしてか」
男は答える。
「兵器?」
少し考える。
「違う」
「資源だ」
エレノアの胸が締め付けられる。
ラグナが低く言う。
(嫌いだな)
ネファルが静かに言う。
(理解はできる)
ヴェルナシアが囁く。
(嵐は人の心から生まれる)
エレノアは男を見た。
「それでも」
「間違っています」
男は少し笑う。
「そうか」
そして静かに言う。
「では」
「止めてみろ」
次の瞬間。
男が手を上げた。
装置が光る。
結晶が震える。
召喚存在の光が大きく揺れる。
そして――
地下の床が震えた。
遠くの通路から。
足音。
重い。
複数。
レナが言う。
「……来るぞ」
ラグナが笑う。
(やっと戦える)
ネファルが低く言う。
(守れ)
ヴェルナシアが囁く。
(嵐が起きる)
エレノアは一歩前へ出た。
その目は静かだった。
「助けます」
男はその姿を見て、少しだけ興味深そうに笑った。
地下施設。
思想の衝突。
そして。
戦いが始まろうとしていた。




