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戦わない召喚士エレノアの異世界記録 ――名を受け取り、世界に触れる  作者: ぷにゅん


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第二十一話 呼ばなくても、呼んでいた

夕方前、畑から少し離れた水路で、声が上がった。


「……あっ」


短い声。

驚きと、焦りが混じった音。


エレノアは、その声に反応する前に、もう歩き出していた。


「……リーナ?」


水路のそばで、リーナが立ち尽くしている。

足元では、水が思ったより強く流れていた。


「……足、滑って……」


「……大丈夫ですか」


「立てます。

 でも……」


リーナは、水路の向こうを見る。


「……あそこ」


水路の縁。

杭を打った畑とは別の、小さな区画。

最近、手を入れ始めたばかりの場所。


水が、流れ込みすぎている。


「……このままだと……」


「……崩れますね」


エレノアは、即答した。


土の色。

水の速さ。

もう、迷う段階じゃない。


リーナが、声を低くする。


「……どうします」


エレノアは、一歩、水路に近づいた。


――今までなら。


――誰かを呼んだ。

――止めた。

――戻った。


でも。


「……下がってください」


「え?」


「……リーナ、

 そこ、

 危ないです」


「……はい」


リーナが一歩下がる。


その瞬間、

エレノアの胸の奥が、はっきりと鳴った。


――来て。


言葉じゃない。

音でもない。


“必要だ”という感覚。


影の気配が、背後で応えた。


――ここか。


「……はい」


エレノアは、息を吸う。


名前は、言わない。

呼び方も、決めない。


でも――

役割は、はっきりしている。


「……止めて」


小さな声。

でも、迷いはなかった。


水路の空気が、一瞬、重くなる。


「……え?」


リーナが、目を見開く。


水の流れが、ほんの一拍だけ、緩んだ。


完全には止まらない。

でも、暴れなくなった。


土が、流される前に、踏みとどまる。


「……今です」


エレノアは、すぐに言った。


「……この土、

 戻せます」


「……え、

 今……?」


「……はい。

 今なら」


リーナは、一瞬だけ迷ってから、動いた。


二人で、

崩れかけた縁を整える。


手は震えている。

でも、遅れない。


水は、再び流れ出す。

でも、さっきとは違う。


「……止まった……?」


「……いいえ」


エレノアは、首を振る。


「……通りました」


リーナが、息を吐く。


「……今の、

 何でした?」


エレノアは、答えなかった。


答えられなかった。


でも、

胸の奥は、はっきりしている。


――呼んだ。

――名前は言ってない。

――でも、呼んだ。


影の気配が、

初めて、水路の向こう側に立っている。


――守った。


その感覚が、

エレノアの背中を、静かに支えた。


ミラが、少し遅れて駆けてくる。


「なに、

 今の……」


「……水、

 強かったです」


エレノアは、そう答えた。


嘘じゃない。

全部でもないけど。


ミラは、水路と畑を見比べて、

ぽつりと言う。


「……間に合ったね」


「……はい」


リーナが、小さく笑った。


「……怖かったです」


「……私も」


二人で、同じ言葉を言っていた。


風が、水面を撫でる。


杭のある畑とは違う場所。

でも――

同じ“気配”が、そこに残っている。


エレノアは、胸に手を当てた。


――これ、もう……。


名前を、

付けない理由が、

少しずつ、減っていく。


(つづく)


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