第188話 流れの先
巨獣が崩れ落ちた森は、しばらく静まり返っていた。
枝の揺れる音。
遠くの鳥の声。
そして、ゆっくりと戻ってくる風。
レナが槍を肩に担ぐ。
「……終わったか」
カイルが巨獣の消えた場所を見つめる。
「召喚獣……だったんですよね」
地面には黒い結晶の欠片だけが残っている。
ヴァルクはしゃがみ込み、それを拾い上げた。
指で触れる。
結晶はまだ微かに熱を持っていた。
「人工だ」
レナが眉をひそめる。
「やっぱり人間の仕業か」
ヴァルクは答えない。
ただ結晶を見ている。
カイルが言う。
「魔力の流れが……まだ続いています」
エレノアも同じことを感じていた。
地面の奥。
森のさらに奥。
地脈の流れが一本の道のように続いている。
ネファルが静かに言う。
(止まっていない)
ラグナが肩を回す。
(まだ燃やせるな)
ヴェルナシアは風の奥で囁く。
(嵐は、ここでは終わらない)
エレノアは地面を見つめる。
巨獣がいた場所。
そこから南へ。
地脈が吸い取られている。
「……続いています」
ヴァルクが立ち上がる。
「追う」
レナが笑う。
「だよな」
四人は森の奥へ進む。
巨獣のいた場所から先は、森の空気が変わっていた。
静かすぎる。
鳥もいない。
風も弱い。
まるで森そのものが息を止めているようだった。
カイルが言う。
「この先……嫌な感じがします」
ヴァルクが短く答える。
「当然だ」
しばらく進むと、エレノアが足を止めた。
「……ここ」
レナが振り向く。
「何かある?」
エレノアはしゃがみ込む。
落ち葉を払う。
土の下から、石の面が見えた。
四角い。
加工された石。
ヴァルクの目が細くなる。
「……遺構か」
エレノアはさらに土を払う。
石の隙間から、細い線が見えた。
それは溝だった。
魔力の通り道。
カイルが驚く。
「これ……」
「地脈を誘導する構造です」
ヴァルクが低く言う。
「森の地下に作られている」
レナが呟く。
「……こんなの、誰が」
ネファルが言う。
(人間だ)
エレノアは石を撫でる。
冷たい。
だが奥に、確かに魔力が流れている。
誰かが作った。
かなり前に。
そして今も使われている。
ヴァルクが地面を見る。
線は南へ続いている。
「森の地下に道がある」
レナが言う。
「つまり」
カイルが言葉を継ぐ。
「拠点がある」
ラグナが笑う。
(面白い)
ヴェルナシアが静かに言う。
(風も知らない場所)
エレノアは南を見る。
森はまだ続いている。
だが、もうただの森ではない。
この下に。
人が作ったものがある。
ヴァルクが言う。
「今日はここまでだ」
レナが驚く。
「戻るのか?」
ヴァルクは頷く。
「準備がいる」
「これは街の問題ではない」
「もっと大きい」
カイルが息を飲む。
「……国レベル?」
ヴァルクは答えない。
ただ地面の線を見ている。
エレノアも同じ線を見つめていた。
地脈の流れ。
それは森の奥へ。
さらに遠くへ。
続いている。
ネファルが低く言う。
(これは入口だ)
ヴェルナシアが風の奥で囁く。
(嵐の根は、もっと深い)
ラグナが笑う。
(いいじゃねぇか)
エレノアは静かに立ち上がる。
森の奥を見る。
「……行きます」
ヴァルクが頷く。
「だが、次は遠征だ」
風が森を抜けた。
戦いは終わった。
だが。
本当の問題は、まだ始まったばかりだった。




