第183話 街の空気
朝の街は、いつもと同じように見えた。
パン屋の煙。
井戸の水を汲む音。
市場の準備。
だが、管理棟の中だけは違っていた。
ヴァルクが机の上に地図を広げている。
レナは腕を組み、壁に寄りかかっている。
カイルは昨日の記録を書き写していた。
そしてエレノアは、窓の外を見ている。
街は穏やかだ。
子どもが走り、
荷車が通り、
畑へ向かう人が歩く。
そのすぐ下で、地脈が削られている。
誰もまだ知らない。
ヴァルクが口を開く。
「確認する」
「森の装置は一つではない」
カイルが地図に印をつける。
「流れから考えると、少なくとも五つ」
レナが低く言う。
「小さい街一つ分の地脈を持っていかれるな」
ヴァルクは頷く。
「時間をかければな」
エレノアが静かに言う。
「でも、止められます」
三人が彼女を見る。
エレノアは振り返る。
「装置は繋がっています」
「つまり、流れを作っている場所がある」
カイルが息を飲む。
「本体……」
レナが言う。
「そいつを壊せば終わる」
ヴァルクは首を振る。
「簡単な話ではない」
「作った者がいる」
「守っている者もいる」
沈黙が落ちる。
やがてヴァルクが言う。
「遠征を出す」
レナが笑う。
「やっと本題か」
カイルが顔を上げる。
「どこまで行くんですか」
ヴァルクは地図の南を指す。
「森を越える」
「丘を越える」
「そして流れの先を見る」
エレノアの胸が少し高鳴る。
いよいよだ。
ただの調査ではない。
これは旅だ。
ラグナが笑う。
(ようやく動くか)
ネファルが静かに言う。
(まだ序章)
ヴェルナシアは風の奥で囁く。
(嵐の入り口)
ヴァルクが言う。
「出発は明日」
「装備は軽くする」
レナが槍を担ぐ。
「いいね」
カイルが地図を丸める。
エレノアは窓の外を見る。
街は変わらない。
でも。
もうすぐ、この静かな日常の外へ出る。




