第二十話 それ、呼んでるよ
夕暮れの畑は、昼とは別の顔をしていた。
作業を終えたあと、
三人は杭の近くに集まっていた。
特別な理由はない。
なんとなく、だ。
ミラが杭を見て、首を傾げる。
「ねえ」
「……はい」
「これさ」
杭の周りをぐるっと見る。
「もうさ、
何か居る前提で
扱ってない?」
エレノアは、少し間を置いた。
「……否定は、
できません」
「だよね」
ミラは、くすっと笑う。
「だってさ、
ここだけ、
扱い違うもん」
リーナも頷く。
「……踏まないし、
置かないし」
「でしょ」
ミラは、杭の前にしゃがみ込む。
「なんて呼べばいいんだろ」
その言葉に、
エレノアの指が、わずかに動いた。
「……まだ、
決めてません」
「分かってる分かってる」
ミラは、軽い調子で言う。
「でもさ、
毎回『それ』とか
『ここ』とか、
不便じゃない?」
リーナが、少し笑う。
「確かに……」
「でしょ?」
ミラは、杭を見たまま、
ぽつっと言った。
「……ル」
音だけ。
意味も、説明もない。
風が、一瞬だけ止まった。
「……え?」
リーナが、小さく声を出す。
ミラは、きょとんとする。
「なに?」
「……今」
リーナは、周りを見る。
「……何か、
揺れませんでした?」
エレノアは、
何も言わなかった。
言えなかった。
胸の奥が、
静かに、でも確かに鳴っている。
「……冗談だよ?」
ミラは、笑って言う。
「なんか、
そんな音しそうじゃない?」
「……ミラ」
エレノアは、やっと声を出した。
「……それ」
「ん?」
「……さっき、
私が……」
言葉が、続かない。
ミラは、エレノアの顔を見て、
少しだけ表情を変えた。
「……あ」
「……はい」
リーナが、息を呑む。
「……もしかして」
エレノアは、ゆっくり頷いた。
「……同じ、音です」
一瞬、沈黙。
「……え、
ちょっと待って」
ミラが、慌てて手を振る。
「私、
本当に、
適当に……」
「……分かってます」
エレノアは、首を振った。
「……でも」
杭の周りで、
影が、ほんの少しだけ濃くなる。
誰も触れていない。
誰も呼んでいない。
――呼ばれた。
「……冗談でも、
呼ばれると……」
エレノアは、胸に手を当てる。
「……応えます」
リーナが、少し震えた声で言う。
「……今の、
怖い、
けど……」
「うん」
ミラは、真剣な顔で頷く。
「でもさ」
エレノアを見る。
「勝手に決めた感じ、
しないよ」
「……はい」
「前から、
そこにあった音を、
拾っただけ」
エレノアは、目を閉じる。
――名は、
――与えるものじゃない。
――気づくものだ。
「……今日は、
ここまでに、
しましょう」
声が、少し震えていた。
「……うん」
ミラは、即答した。
「これ以上やると、
たぶん、
色々起きる」
リーナが、苦笑する。
「……今日は、
普通に、
帰りたいです」
三人で、小さく笑う。
でも、
誰ももう一度その音を口にしなかった。
帰り道、
エレノアは最後に振り返る。
杭のそば。
いつもと同じ場所。
でも――
“呼ばれ方”だけが、変わっていた。
(つづく)




