第178話 壊された存在
森の奥は、急に静かだった。
さっきまで聞こえていた鳥の声が消えている。
レナが小さく言う。
「……静かすぎる」
槍を構える。
ヴァルクが手で合図を出す。
ゆっくり進む。
草が倒れている場所の先。
木々の間に、黒い影が見えた。
カイルが足を止める。
「……あれは」
四人が近づく。
そして。
エレノアの呼吸が、わずかに止まった。
地面に横たわっているのは、
召喚獣だった。
体は狼に似ている。
だが普通の獣ではない。
半透明の皮膚。
角のような結晶。
そして――
胸の中心が、裂かれていた。
レナが低く言う。
「魔物か?」
カイルが首を振る。
「違います」
「これは召喚存在です」
ヴァルクが膝をつく。
傷口を見る。
「……破壊されている」
エレノアはゆっくり近づく。
胸が重い。
召喚獣は、まだ完全には消えていない。
光の粒が、かすかに残っている。
(死んでいる)
ラグナが言う。
だが。
ネファルが静かに言う。
(違う)
(壊されている)
エレノアは膝をつく。
そっと手を伸ばす。
触れた瞬間――
胸の奥に、小さな声が流れた。
痛い。
短い。
それだけ。
エレノアの手が止まる。
レナが気づく。
「どうした」
エレノアはゆっくり言う。
「……まだ、残っています」
カイルが驚く。
「そんな」
「召喚獣は、主がいなくなれば消えるはずです」
ヴァルクの目が鋭くなる。
「普通ならな」
エレノアは傷口を見る。
そこに刻まれていた。
円形の紋。
魔法陣。
だが。
召喚陣ではない。
もっと荒い。
もっと強引な。
ラグナが低く唸る。
(引き剥がしてる)
ネファルが言う。
(力を)
ヴェルナシアの声は、冷たい。
(奪っている)
エレノアの胸が締め付けられる。
召喚獣は、本来。
呼ばれ、
契約し、
役目が終われば帰る。
それが自然だ。
だがこれは違う。
戻されていない。
壊されている。
カイルが震える声で言う。
「……召喚獣から、力を抜いている」
レナの顔が険しくなる。
「そんなこと出来るのか」
ヴァルクが短く答える。
「普通は出来ない」
エレノアは、召喚獣の頭に手を置く。
冷たい。
でも。
ほんの少しだけ、光が残っている。
「……ごめんなさい」
小さく言う。
ラグナが黙る。
ネファルも何も言わない。
ヴェルナシアだけが風の中で言う。
(この世界の一部だ)
エレノアは目を閉じる。
召喚士として。
放っておくことは出来ない。
そっと力を流す。
優しく。
無理にではなく。
すると。
召喚獣の体が、光に変わり始めた。
粒になり、空へ上がる。
帰る場所へ。
最後の光が消える。
森は再び静かになる。
レナがぽつりと言う。
「……こんなこと、初めて見た」
カイルも言葉がない。
ヴァルクは地面の魔法陣を見る。
「これが原因だ」
エレノアは立ち上がる。
胸の奥が、静かに熱い。
怒りではない。
でも。
はっきりしている。
これは。
止めなければならない。
遠くで風が吹く。
ヴェルナシアが言う。
(嵐の匂いがする)




