第177話 夜明けの出発
空がまだ青くなる前。
街は静まり返っていた。
パン屋の煙突から細い煙が上がり、
井戸の水を汲む音が遠くに響く。
南門の前に、四人の影が集まっていた。
ヴァルク。
エレノア。
地脈を読む召喚士の男――カイル。
そして、警備隊長のレナ。
レナは肩に槍を担ぎ、門の外を見ている。
「静かだな」
カイルが苦笑する。
「異変の前は、だいたい静かですよ」
レナは振り返る。
「嫌なこと言うな」
エレノアは軽く頭を下げる。
「おはようございます」
レナは少し驚いた顔をした。
「こんな時間でも丁寧なんだな」
エレノアは微笑む。
「朝は好きなので」
ヴァルクが短く言う。
「行く」
門番が門を押し開ける。
軋む音が朝の空気に広がった。
四人は南へ歩き出す。
街の外の道は、露で濡れていた。
畑を抜けると、すぐに草原になる。
朝日がゆっくり地平線から顔を出す。
レナが言う。
「いい天気だ」
「調査には助かる」
カイルは地面に視線を落としながら歩く。
「ここまでは問題ないですね」
「昨日と同じです」
エレノアは足裏の感覚を確かめる。
地脈は流れている。
穏やかに。
だが。
南へ進むほど、軽くなる。
(減ってるな)
ラグナが言う。
(昨日よりわかりやすい)
ネファルが続く。
(流れが細い)
ヴェルナシアは風の奥で静かに見ている。
レナがふと聞く。
「エレノア」
「召喚士って、そんな風に感じるのか?」
エレノアは少し考える。
「音に似ています」
「遠くの水の流れを聞くような感じです」
レナは笑う。
「私にはさっぱりだ」
「地面はただの土だ」
カイルが言う。
「普通はそうです」
「だから召喚士が必要なんです」
ヴァルクは前を見たまま言う。
「森に入る」
視線の先に木々が見える。
昨日確認した場所だ。
四人は足を止めない。
森に入ると空気が変わる。
朝の鳥の声が減る。
風はあるのに、葉があまり揺れない。
カイルが小さく呟く。
「……ここからですね」
彼は手を地面に当てる。
数秒。
目を閉じる。
そしてゆっくり立ち上がる。
「昨日より減っています」
レナが眉をひそめる。
「そんなにか」
カイルは頷く。
「確実に」
エレノアは森の奥を見る。
遠くで空気が歪む。
目には見えないが、感覚が告げている。
何かがある。
(近い)
ネファルが言う。
ラグナが低く笑う。
(面白くなってきた)
ヴェルナシアの声は静かだ。
(嵐は近い)
ヴァルクが手を上げる。
四人が止まる。
森の奥。
草が不自然に倒れている場所がある。
まるで何かが通ったように。
レナが槍を持ち直す。
「……これは?」
カイルが顔を強張らせる。
「地脈が乱れています」
ヴァルクの声が低くなる。
「警戒」
空気が変わる。
さっきまでの静かな調査ではない。
森の奥で、何かが動いた。
エレノアは息を整える。
そして思う。
これは。
ただの調査では終わらない。




