第174話 ヴァルクが正式に動く
鍛冶場を出てから間もなく、エレノアは気配を感じた。
足音はない。
だが、いる。
「……ヴァルクさん」
振り向かなくても分かる。
影が壁から離れる。
「気づいていたか」
声は低い。
いつも通り、感情は見えない。
エレノアは軽く頭を下げる。
「いつから、いらしたのですか」
「南門の外からだ」
エレノアは一瞬だけ目を細める。
つまり。
全部、聞かれていた。
ヴァルクは街の灯りを見上げる。
「地脈が薄い」
確認するような言い方。
「はい」
「荒れてはいません」
「静かに、減っています」
ヴァルクは短く息を吐く。
「報告は上がっている」
「灯りの不安定、農具の鈍り、魔石の反応低下」
エレノアはわずかに驚く。
「もう……?」
「小さい異常は、現場の者ほど早い」
ヴァルクはエレノアを見る。
「方向は?」
「南です」
即答だった。
ヴァルクの目がわずかに細くなる。
「根拠は」
「感覚です」
少し間が空く。
だが、エレノアは視線を逸らさない。
「……召喚士の」
ヴァルクは数秒沈黙する。
試すように。
測るように。
そして。
「明日、南へ出る」
声は変わらない。
だが決定だ。
「正式な調査隊はまだ出せん」
「騒がせたくない」
エレノアはうなずく。
「私も同行します」
ヴァルクは即答しない。
「これは街の案件だ」
「あなたの責任ではない」
エレノアは静かに言う。
「街が削られるのは、私の責任です」
大きな声ではない。
だが、強い。
ヴァルクはわずかに目を伏せる。
「……あなたは止めると言ったな」
エレノアは頷く。
「はい」
ヴァルクは背を向ける。
「夜明け前だ」
「準備しておけ」
それだけ言って、影に戻る。
ラグナが笑う。
(やっと動いたな)
ネファルが言う。
(観察ではなく、介入だ)
ヴェルナシアは静かだ。
だが。
風が、ほんの少しだけ強まった。
エレノアは南を見る。
遠い。
だが、遠いままでは終わらない。
明日。
世界が一段、進む。




