第173話 伝えるということ
南門から戻ると、街はほとんど眠っていた。
灯りはまばらになり、
夜番の足音だけが響く。
エレノアはそのまま工房へ戻らず、
鍛冶場の方へ向かった。
中ではまだ、火が小さく残っている。
鍛冶師が道具を片付けていた。
「……まだ起きていらしたのですね」
エレノアが声をかける。
鍛冶師は振り向く。
「火は急に消せねぇ」
「そうですね」
少し間が空く。
エレノアは迷う。
どう言えばいいか。
騒がせたくはない。
でも、黙っているのも違う。
「最近、鉄の伸びが悪いとおっしゃっていましたよね」
「ああ」
「地脈の流れが、ほんの少しだけ弱くなっています」
鍛冶師は眉をひそめる。
「弱く?」
「枯れてはいません」
「でも、減っています」
男はしばらく黙る。
炉の火を見つめる。
「……気づいてた」
エレノアは顔を上げる。
「なんとなくな」
「勘だ」
鍛冶師は肩をすくめる。
「灯りも、少し揺れる」
「畑も、根が浅くなってるらしい」
エレノアは小さく息を吸う。
自分だけではなかった。
「急いで強く引けば、戻せます」
「だが、それは長く続きません」
鍛冶師はゆっくり頷く。
「だから、使わなかった」
夜は静かだ。
だが、二人の間には確かな重みがある。
ラグナが言う。
(言っちまえ)
ネファルが制する。
(まだ早い)
エレノアはまっすぐに鍛冶師を見る。
「南の方角です」
「……何かが、集めています」
鍛冶師は目を細める。
「戦か?」
「いいえ」
エレノアは首を振る。
「荒れていません」
「静かに、集めています」
その言葉に、鍛冶師の顔色が少し変わる。
「そりゃあ、性質が悪いな」
エレノアはうなずく。
「まだ小さいです」
「今なら、間に合います」
間に合う。
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥が少しだけあたたかくなった。
守れるかもしれない。
この街を。
この生活を。
鍛冶師は火を見つめる。
「お前は、どうする」
問いは重い。
エレノアは迷わない。
「確かめます」
「そして、止めます」
声は強くない。
でも、はっきりしている。
鍛冶師は短く笑う。
「戦わない召喚士がか?」
エレノアは少しだけ微笑む。
「戦わずに、止めたいだけです」
鍛冶師は鎚を持ち上げる。
「なら、急がねぇ」
「俺は打つ」
「お前は見ろ」
それでいい。
エレノアは静かに頭を下げた。
外に出ると、夜風が頬を撫でる。
ヴェルナシアが言う。
(人は、鈍くはない)
ネファルが続く。
(選ぶ)
ラグナは短く言う。
(南だな)
エレノアは南を見る。
まだ嵐はない。
でも。
確かに、動いている。
今はまだ、小さい。
だからこそ。
間に合う。




