第十八話 うまく、言えなかった
夕方、畑の空気が少し冷えてきた頃。
エレノアは、水路のそばで腰を下ろしていた。
今日は作業はしない日。
道具も持っていない。
そこへ、足音。
「……エレノアさん」
リーナだった。
いつもより、少し歩幅が小さい。
「……どうしました」
「……ちょっと、
いいですか」
「……はい」
エレノアは立ち上がらず、
隣の石を指さした。
リーナは、そこに座る。
少し、間が空く。
「……今日」
「……はい」
「……うまく、
言えませんでした」
エレノアは、急かさなかった。
「……誰に」
「……畑、
手伝ってくれてた人に」
「……何が」
リーナは、指を絡める。
「踏まない方がいい場所、
あったんです」
「……はい」
「でも……
止めるの、
遅くなって」
エレノアは、静かに頷く。
「……言おうとしたら、
言葉、
出なくなって」
「……うん」
「そしたら、
相手、
先に直しちゃって……」
リーナは、小さく息を吐いた。
「……悪いことじゃ、
ないんですけど」
「……はい」
「でも……
なんか、
違って」
エレノアは、少し考えてから言った。
「……悔しかった、
ですか」
リーナは、びくっとして、
それから頷いた。
「……はい」
短くて、はっきりした返事。
「……ちゃんと、
伝えたかったんです」
エレノアは、空を見る。
「……言葉、
準備、
してました?」
「え?」
「……頭の中で」
リーナは、少し考える。
「……はい。
考えすぎて……
固まりました」
エレノアは、小さく息を吐く。
「……あります」
「……ありますよね」
「……はい」
二人で、同じ方向を見る。
「……言葉、
出ないとき」
エレノアは、ゆっくり言う。
「……一個だけ、
決めておくと、
楽です」
「一個?」
「……これだけ、
言えたら、
いい、
って言葉」
リーナは、首を傾げる。
「……例えば?」
エレノアは、少し迷ってから答えた。
「……
『今なら、
戻せます』」
リーナの目が、少し開く。
「……それ、
前に……」
「……はい」
「……それだけ、
言えば、
いいんですか」
「……はい。
あとは、
相手が、
見るので」
リーナは、しばらく黙る。
「……止めなきゃ、
って思うと、
焦ります」
「……止めなくて、
いいです」
「……え?」
「……見る時間、
作れたら」
リーナは、ゆっくり頷く。
「……それなら、
言えそうです」
「……はい」
「次、
同じこと、
あったら……」
「……はい」
リーナは、小さく笑う。
「……今なら、
戻せます」
口に出して、確かめる。
エレノアも、少し笑った。
「……いいと思います」
影の気配が、
二人の後ろで静かに揺れる。
「……失敗、
しましたけど」
リーナが言う。
「……続いてます」
エレノアは、そう返した。
リーナは、少し驚いてから、
大きく息を吐いた。
「……よかった」
風が、畑を抜ける。
杭の影が、
ゆっくり伸びていく。
名は、まだ無い。
でも――
言葉は、ちゃんと手渡された。
(つづく)




