第十五話 隣で、続ける
翌朝、フィオラの空は薄曇りだった。
日差しは弱く、
作業をするにはちょうどいい。
エレノアは、いつもの時間に畑へ向かっていた。
昨日の女性の畑が、少し気になって。
――見に行くだけ。
――手は出さない。
そう決めて、歩く。
畑に近づくと、
すでに人影があった。
「あ……」
昨日の女性だ。
鍬を持ち、
ぎこちない手つきで土を均している。
「……おはようございます」
声をかけると、
女性はびくっとして振り向いた。
「あ、エレノアさん……!」
少し慌てた様子で、頭を下げる。
「昨日は、ありがとうございました」
「……いえ」
エレノアは、畑を一目見る。
踏まない場所は、ちゃんと避けられている。
水路も、まだ荒れていない。
――ちゃんと、やってる。
それだけで、胸の奥が少し温かくなった。
「……無理、してませんか」
女性は、一瞬考えてから答えた。
「正直に言うと……
ちょっと、怖いです」
エレノアは、頷いた。
「……ですよね」
「今まで、
動かないといけないって思ってたので」
鍬を持つ手が、少し震える。
「止めるのって、
勇気が要るんですね」
エレノアは、少しだけ微笑んだ。
「……はい。
動くより、
難しいこと、あります」
女性は、ふっと息を吐いた。
「私、リーナって言います」
唐突だった。
「昨日、
名乗ってなかったなって」
「……エレノアです」
もう知っている名前。
でも、ちゃんと名乗り返す。
リーナは、少し嬉しそうに笑った。
「……良かった」
「?」
「一方的に、
助けてもらうだけじゃ、
嫌だったので」
その言葉に、
エレノアの胸が静かに鳴った。
――対等でいたい。
それは、
自分が大切にしてきた感覚だった。
二人は、並んで畑を見る。
作業はしない。
話しながら、
ただ“見る”。
「ここ、
昨日より、
少し楽そうですね」
リーナが言う。
「……はい。
休むって、
ちゃんと、効きます」
「不思議」
「……人も、
たぶん」
その言葉に、
リーナは小さく笑った。
「エレノアさんって、
不思議な言い方しますよね」
「……よく、言われます」
昨日と同じ返事。
でも、今日は少しだけ違う。
――否定していない。
影の気配が、
背後で、静かに見守っている。
――増えたな。
「……はい」
心の中で返す。
――人が。
作業を終えたわけじゃない。
問題も、まだ残っている。
でも、
“一緒に続ける人”が増えた。
それだけで、
畑の空気が少し軽く感じた。
リーナが、ぽつりと呟く。
「……また、
聞いてもいいですか」
「……何を」
「分からなくなったら」
エレノアは、少し考えてから答えた。
「……私で良ければ」
“いつでも”とは言わない。
“全部”とも言わない。
でも、
ちゃんと隣に立つ言葉だった。
リーナは、深く頷いた。
「はい」
二人は、同じ方向を向いて立つ。
風が、畑を抜ける。
杭の周りで、
影が静かに揺れた。
名は、まだ無い。
でも――
関係は、増えていく。
(つづく)




