第十四話 探していた人
フィオラの街は、夕方になると少しだけ表情を変える。
冒険者の足音が減り、
商人の声が低くなり、
生活の輪郭が浮き上がる時間帯だ。
エレノアは、畑から戻る途中、
水路のそばで立ち止まっていた。
――今日は、少し疲れた。
体ではない。
頭でもない。
気を張ったあとの、静かな疲れ。
「……帰ろ」
そう思って歩き出した、その時だった。
「すみません」
控えめな声。
振り返ると、
見慣れない女性が立っていた。
年は、エレノアと同じくらい。
服装は街の人間だが、
作業着というより、少し整っている。
「……はい」
「エレノアさん、ですよね」
名前を呼ばれた。
今日、二度目。
胸の奥が、また小さく跳ねる。
「……そうです」
女性は、ほっとしたように息を吐いた。
「良かった……
畑のことで、
あなたを探してるって聞いて」
「……探して、いた?」
「はい」
女性は、少し言いにくそうに続ける。
「うち、
畑を一つ任されてるんですけど……
最近、どうにも上手くいかなくて」
エレノアの胸に、
嫌な予感はなかった。
ただ、
慎重になる感覚。
「……どんな、状態ですか」
自然と、そう聞いていた。
女性は、驚いたように目を瞬かせる。
「聞いて、くれるんですね」
「……話だけなら」
即答だった。
女性は、少し安心したように笑った。
「土が、重くて。
水は流れてるはずなのに、
根が……張らないんです」
エレノアの足が、止まる。
「……場所、
見てもいいですか」
言葉が、先に出た。
女性は、はっとしてから、
慌てて頷いた。
「ぜひ……!」
歩きながら、エレノアは思う。
――これは、頼まれたわけじゃない。
――でも、見過ごせない。
畑に着くと、
一目で分かった。
「……疲れてますね」
土が、静かに悲鳴を上げている。
乱暴に使われたわけじゃない。
でも、急がされてきた土だ。
女性が、不安そうに聞く。
「……やっぱり、ダメでしょうか」
エレノアは、首を振った。
「……まだ、
戻れます」
その言葉に、
女性の目が、少し潤んだ。
「……どうすれば」
エレノアは、少し考える。
――全部は、背負えない。
――でも。
「……まず、
休ませる場所を、決めましょう」
杭を打つ場所。
踏まない場所。
流す水路。
一つずつ、指で示す。
「全部を、
一度に直そうとしないでください」
女性は、何度も頷いた。
「……はい」
エレノアは、ふと足を止める。
影の気配が、
背後で、静かに息を潜めている。
――手、出すか。
問いかけ。
「……今日は、
いいです」
エレノアは、心の中で答えた。
――まずは、
――人の手で。
影は、何も言わない。
ただ、そこに居る。
女性が、少し戸惑いながら言った。
「……あの」
「……はい」
「あなた、
畑の人、なんですか?」
エレノアは、少しだけ考えてから答えた。
「……畑の“そば”に、
居る人です」
女性は、きょとんとして、
それから、笑った。
「変なの」
「……よく、言われます」
畑を後にする頃、
空はすっかり夕焼け色だった。
帰り道、
エレノアは胸に手を当てる。
――探された。
――でも、引き受けすぎなかった。
影が、静かに伝えてくる。
――選べている。
「……はい」
小さく、頷く。
羽ばたきは、まだ先。
でも――
風は、もうこちらを向いている。
(つづく)




