第99話 真似された形
噂は、形を変える。
それは、エレノアが一番よく分かっていることだった。
「……この村でも、同じことを?」
集落から少し離れた場所。
簡易な結界の痕跡を見て、エレノアは眉を寄せる。
やり方は、似ている。
地形の使い方。
魔力の流し方。
でも――
肝心なところが、抜けていた。
(急いで真似たな)
ネファル=ディアの声。
「……はい」
⸻
村の代表だという男性が、説明する。
「召喚を止められたって話を聞いてな」
「なら、俺たちも同じことをやろうって」
「……誰に、教わりましたか?」
「誰にも」
「噂だけだ」
その言葉に、
胸の奥がひやりとする。
⸻
「……この結界」
「守る力は、あります」
エレノアは、正直に言った。
「でも」
「壊れた時に、逃げ道がありません」
男は、怪訝な顔をする。
「……守れてるなら、いいんじゃないか?」
「……いいえ」
エレノアは、首を振る。
「“守っているように見える”だけです」
⸻
実際、その夜。
獣が一匹、結界に触れた。
押し返された。
だが、驚いた獣は――
別の方向へ逃げなかった。
閉じ込められた。
「……まずい」
エレノアは、即座に判断する。
⸻
戦う選択肢もあった。
でも、
ここで力を振るえば、
「結界があるから大丈夫」という誤解を強めてしまう。
「……開けます」
エレノアは、結界の一部を緩めた。
逃げ道を作る。
獣は、迷いながらも森へ戻っていった。
⸻
村人たちが、ざわつく。
「……壊したのか?」
「……危なかったんじゃないか?」
エレノアは、はっきり言った。
「……壊しました」
「でも」
「守るためです」
⸻
その場で、説明する。
なぜ、閉じ込めてはいけないのか。
なぜ、“逃げ道”が必要なのか。
「……これは」
「召喚の代わりじゃありません」
「“時間を稼ぐ方法”です」
⸻
沈黙。
理解した人もいれば、
納得しきれない人もいる。
でも。
「……全部、任せきりにしないなら」
年配の女性が、ぽつりと呟く。
「話を、聞く意味はある」
⸻
エレノアは、深く息を吐いた。
(来たな)
ネファル=ディアが言う。
(お前のやり方が)
(独り歩きし始めた)
「……はい」
⸻
夜。
焚き火の前で、
エレノアは、少しだけ肩を落とした。
「……広がると」
「歪みも、増えますね」
(だからこそ)
(線がいる)
「……はい」
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
誰かの真似をして失敗した同僚を見ていた。
「……同じやり方でも」
「状況が違えば、結果も違う」
そう言いたかった。
でも、
今日は、黙って横に立つことを選んだ。
⸻
エレノアは、空を見上げる。
自分の方法が、
自分の手を離れ始めている。
それは、
前進でもあり、危険でもある。
だから。
次は、言葉を残さなければならない。
やり方だけでなく、
考え方を。
エレノアは、
そう決めた。




