第98話 うまくいく日、いかない日
集まったのは、三人だった。
掲示板の紙を見て来たという職人が二人。
それと、集落から使いに出された若者が一人。
多くはない。
でも、ゼロではなかった。
「……ありがとうございます」
エレノアは、深く頭を下げた。
「急に集まる話じゃないのに」
「まあな」
腕を組んだ職人が、肩をすくめる。
「でも」
「“召喚に頼らない守り”ってのは」
「ちょっと、気になった」
⸻
集落は、小さい。
柵は古く、
見張り台も形だけ。
これまでは、
定期的な小規模召喚で獣を遠ざけていたという。
「……それを、やめたんですね」
若者が頷く。
「止められた」
「って言い方の方が、近いかも」
その言葉に、
エレノアは何も言えなかった。
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「……まずは」
エレノアは、地図を広げる。
「完全な防衛は、無理です」
「でも」
「近づきにくくすることは、出来ます」
職人たちが、身を乗り出す。
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試したのは、三つ。
・地形を活かした簡易柵
・匂いと音を使った獣避け
・夜間だけ働く、弱い結界
どれも、決定打ではない。
でも、
組み合わせれば“守り”になる。
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結果は――
半分、成功。
小型の獣は、近づかなくなった。
夜も、少し静かになった。
「……すげえな」
若者の顔が、明るくなる。
「これなら」
「しばらく、安心できる」
エレノアも、少しだけ笑った。
「……はい」
「完璧じゃ、ないですけど」
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でも。
翌朝、問題は起きた。
結界が、
一部、破れていた。
魔力が、足りなかった。
「……ここ」
職人が、唸る。
「材料も」
「時間も」
「全部、足りねえ」
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集落の空気が、重くなる。
「……結局」
「前みたいに、召喚した方が……」
誰かが、ぽつりと呟いた。
エレノアの胸が、軋む。
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「……違います」
エレノアは、はっきり言った。
「戻るために、来たんじゃありません」
視線が、集まる。
「……でも」
声が、少し低くなる。
「私一人では」
「ここまでが、限界です」
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沈黙。
失敗を、隠さない。
出来ないことを、誤魔化さない。
それが、
彼女のやり方だった。
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「……だから」
エレノアは、続ける。
「続けたいなら」
「“私の方法”じゃなく」
「“あなたたちの方法”が、必要です」
「私は」
「その手伝いしか、出来ません」
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しばらくして。
年配の女性が、口を開いた。
「……やってみる価値は、ある」
「今まで」
「頼りきりだった」
「でも」
「それで、止まったんだ」
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職人が、頷く。
「……手は、貸す」
「全部じゃねえが」
若者も、拳を握る。
「……俺も」
「覚える」
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エレノアは、深く息を吐いた。
成功ではない。
でも、
失敗で終わらなかった。
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夜。
焚き火の前で、
エレノアは、少し疲れていた。
「……難しいですね」
(ああ)
ネファル=ディアが、静かに応じる。
(だが)
(召喚より、重い)
「……はい」
「……でも」
エレノアは、炎を見る。
「……これなら」
「誰かが、置いていかれません」
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
今日の振り返りを書きながら、ペンを止めた。
うまくいったこと。
うまくいかなかったこと。
「……どっちも、書いていいんだ」
そう思えたことが、
今日一番の収穫だった。
⸻
集落は、まだ不完全だ。
危険も、残っている。
でも――
誰も、立ち尽くしてはいない。
エレノアは、
その光景を胸に刻む。
止めるだけでは、足りない。
支えるだけでも、足りない。
それでも。
一緒に考えることは、出来る。
それが、
彼女が見つけた、次の答えだった。




