第97話 代わりに置くもの
集落を離れて、しばらく。
エレノアは、歩きながら何度も立ち止まっていた。
地図を見るためではない。
魔力を探るためでもない。
ただ、
考えるためだった。
「……止めただけ、でしたね」
声に出すと、
現実として重くなる。
(ああ)
ネファル=ディアが応じる。
(守ったが)
(支えてはいない)
「……はい」
⸻
止めることは、出来る。
遮ることも、返すことも。
でも。
「……人は」
「“何もなくなった状態”では」
「立っていられない」
エレノアは、
集落で見た老人の目を思い出す。
責めてはいなかった。
でも、期待もしていなかった。
ただ――
困っていた。
⸻
「……召喚じゃ、なくても」
小さく呟く。
「……守る方法は、あるはず」
(召喚士らしくない発想だな)
ネファル=ディアの声に、
ほんの少しだけ、温度が混じる。
「……はい」
「でも」
「今は、それでいい気がします」
⸻
その夜。
エレノアは、簡素な野営を組みながら、
地面に小さな印を描いた。
召喚陣ではない。
契約でもない。
目印だ。
「……簡易結界、ですね」
(本来は)
(専門外だ)
「……はい」
それでも。
⸻
魔力を、流す。
強くない。
長くもない。
ただ――
留まるための形。
風が、少し和らぐ。
虫の声が、戻る。
完全な守りではない。
でも。
「……これなら」
「“何もない”よりは、いい」
⸻
翌日。
エレノアは、
街の掲示板の前に立っていた。
召喚依頼ではない。
護衛募集でもない。
一枚の、手書きの紙。
小規模集落向け
代替的な守りの仕組みを探しています
召喚に依らない方法
協力者、求む
派手さはない。
報酬も書いていない。
それでも、
目を留める人はいた。
⸻
「……あんた」
声をかけてきたのは、
年若い職人だった。
「それ」
「本気か?」
「……はい」
エレノアは、頷く。
「止めただけでは」
「足りないと、思ったので」
職人は、少し黙ってから言う。
「……変わってるな」
「……よく言われます」
⸻
その会話を、
少し離れた場所で、誰かが見ていた。
ヴァルクではない。
調査官でもない。
ただ、
**“観測する側”**の目。
⸻
夜。
焚き火の前で、
エレノアは、今日を振り返る。
大きな成果はない。
問題も、解決していない。
それでも。
「……動きました」
(ああ)
ネファル=ディアが応じる。
(お前は)
(“正しさ”を)
(置き去りにしなかった)
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
小さなメモ帳に、今日の出来事を書いていた。
やるべきことの記録。
引き継ぐためのメモ。
次の予定の整理。
「……完璧じゃ、ないけど」
「……進んでは、いる」
その感覚が、
少しだけ、救いだった。
⸻
エレノアは、空を見上げる。
守るために止めた。
止めたから、失われた。
なら。
次は、繋ぐ番だ。
召喚士でなくてもいい。
英雄でなくてもいい。
ただ――
人が、次の日を迎えられる形を。
エレノアは、
そのために、また歩き出す。




