第95話 見ている者
ヴァルクは、報告書を最後まで読んだ。
珍しいことだった。
大抵の場合、
途中で十分だからだ。
だが今回は、
一行も飛ばさなかった。
召喚陣は破壊されていない
召喚体への直接干渉なし
魔力の遮断による工程停止
被害なし
ただし、術者は行動不能に近い状態となった
「……なるほど」
低く、短い声。
⸻
副官が、慎重に口を開く。
「戦闘と呼ぶべきかは、判断が分かれます」
「……呼ばなくていい」
ヴァルクは、即答した。
「だが、逃がしてもいけない」
副官は、わずかに息を吸う。
「……彼女のやり方は」
「想定より、進んでいる」
ヴァルクは、書類を机に置く。
⸻
「止めた」
「返した」
「今回は――遮った」
「段階を踏んでいる」
それは、偶然ではない。
⸻
「……危険でしょうか」
副官の問いは、率直だった。
ヴァルクは、少し考えてから答える。
「危険ではある」
「だが」
「暴走しにくい種類の危険だ」
副官は、眉をひそめる。
⸻
「彼女は」
「勝てる場面でも、勝ちに行かない」
「相手を倒さない」
「名を奪わない」
「それでいて」
「相手の目的だけを潰す」
ヴァルクは、静かに言った。
「……一番、扱いづらい」
⸻
窓の外を見る。
街は、平穏だ。
だが、
この平穏は――
いつか、彼女のせいで揺れる。
それでも。
「……排除はしない」
ヴァルクは、決めた。
「むしろ」
「この段階で潰せば、歪む」
副官は、黙って頷く。
⸻
「見続ける」
「彼女が」
「どこまで“線を守れるか”」
「それを」
「世界に見せる価値はある」
⸻
同じ頃。
エレノアは、
焚き火の前で、少し疲れていた。
「……見られてますね」
(ああ)
ネファル=ディアが、低く応じる。
(だが)
(今のは、悪くない視線だ)
「……はい」
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
今日一日を振り返っていた。
言い返した。
逃げなかった。
でも、
勝った感じはしない。
「……それでいいのかな」
答えは出ない。
でも、
どこかで――
誰かに見られている気がした。
⸻
ヴァルクは、最後に一言だけ残す。
「……彼女は」
「秩序を壊す者ではない」
「だが」
「秩序の外で、正しさを使う」
それは、
世界にとって――
最も厄介で、最も必要な存在だ。




