第94話 正しさの使い道
その召喚士は、
最初から敵意を隠していなかった。
ただし――
悪意もなかった。
「あなたが止めたんですよね」
街外れの簡易結界。
立ち入り制限も、警告もない場所。
そこに、彼は立っていた。
「……はい」
エレノアは、距離を保ったまま答える。
「なら、話が早い」
召喚士は、地面に描かれた陣を指す。
雑ではない。
むしろ、丁寧だ。
「これは“切る前”です」
「あなたの言葉通り」
胸の奥が、冷たくなる。
⸻
「……何を、呼ぶつもりですか」
「弱い存在です」
「でも、役には立つ」
その言葉は、
あまりにも“噂に忠実”だった。
「あなたは」
「壊す前に止める人だ」
「なら」
「これは止めないですよね?」
⸻
ネファル=ディアの気配が、僅かに強まる。
(来たな)
「……はい」
エレノアは、
ゆっくりと息を吸う。
「……止めます」
召喚士は、目を見開く。
「なぜ?」
「あなたが言ったんだ」
⸻
「……“切る前”ならいい、とは言ってません」
エレノアは、静かに言う。
「“返せるなら”です」
「これは」
「返せません」
陣の中心で、
小さな存在が震えている。
自分が何に使われるか、
分かっている。
⸻
「……理屈だ」
召喚士は、舌打ちした。
「結局」
「感情じゃないか」
「……はい」
エレノアは、否定しない。
「感情です」
「だから」
「戦います」
⸻
魔力が、動いた。
でも、
陣は展開されない。
エレノアは、
呼ばない。
代わりに――
借りる。
「……少しだけ」
ネファル=ディアの声が、低く響く。
(貸す)
⸻
空気が、重くなる。
影が、エレノアの足元に落ちる。
刃でも、炎でもない。
“拒絶”の力。
召喚士の魔力が、
前に進めなくなる。
「なっ……!」
⸻
「……これは、戦闘です」
エレノアは、前に出ない。
攻撃もしない。
ただ――
近づけない。
「……使わせない」
召喚士は、歯を食いしばる。
力で突破しようとするが、
境界が、動かない。
⸻
数秒。
だが、
十分だった。
召喚陣が、
自壊する。
「……っ!」
召喚士は、膝をつく。
敗北ではない。
でも、成立しなかった。
⸻
エレノアは、
静かに言う。
「……あなたは、悪くない」
「でも」
「あなたの“使い方”は、間違ってます」
召喚士は、何も言えなかった。
⸻
しばらくして、
彼は立ち上がり、去っていく。
振り返らない。
だが、
何かを抱えたまま。
⸻
エレノアは、
その場に立ち尽くす。
「……これが」
(ああ)
ネファル=ディアが応じる。
(お前の戦い方だ)
⸻
遠い現実の世界で。
しおりは、
誰かに強く言われたあと、震えていた。
でも、
逃げなかった。
「……それでも」
「私は、そう思います」
⸻
エレノアは、
空を見上げる。
戦った。
でも、倒していない。
奪ってもいない。
“使わせなかった”だけ。
それが、
彼女の初めての戦闘だった。
そして、
このやり方は――
確実に、敵を増やす。
それでも。
エレノアは、
もう引き返さなかった。




