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閻魔様は有給消化を満喫中!

作者: 桜宮 桃江
掲載日:2026/01/10

地獄の裁きを一手に引き受ける閻魔大王。


赤い服と帽子に身を包み、帽子には「王」という文字が刻まれている。

顔は黒いヴェールで隠されており、口元しか見えない。


今代の閻魔大王は、喋らない。

右手に持ったシャクを、わずかに動かすだけで、鬼たちは命令を理解し、震えながら従った。


給料の良さに惹かれて働いている閻魔大王が、喋らない理由は単純だった。

若い女の声を出せば、舐められる。長い年月で得た結論だった。


――そんな閻魔様が、今日は、地獄にいない。


現在、地獄では「業務のホワイト化」を掲げ、有休消化の取得が推進されている。


彼女は部下に休暇を取らせるため、自ら有給休暇を消化することにした。

率先垂範というやつである。


行き先は人間界。

初めて訪れるその世界で、彼女はヴェールを外した。


年の頃は十七ほど。

白い肌に整った顔立ち。深紅の瞳が印象的だ。

腰まで伸びた濡れ羽色の髪は、日の光を艶やかに反射する。


服装を人間界に合わせたものに変え、どこにいくという目的もなく、賑やかな街を歩き始める。

ふと、目に入った看板を見上げた。

そこに描かれていたのは、様々な動物たちの姿。


「動物園か…。可愛い動物に癒される休日って、いいんじゃない…?」


鼻歌を歌いながら、向かった動物園。

しかし、園内に足を踏み入れた瞬間から、様子がおかしかった。


檻の中の動物たちは一斉に距離を取り、羽を逆立て、低く唸り声を上げる。

サルは甲高く警戒音を鳴らし、シカは怯えた目でこちらを見て、奥へと逃げていった。


周囲の客は気づいていない。

だが、本能で「死」の気配を察知する動物たちは、明確に彼女を拒絶し、遠ざかっていった。


歩けば歩くほど、動物はパニックを起こし、彼女から少しでも距離を取ろうと遠ざかる。

やがて彼女は、園内のベンチに腰を下ろした。

親子連れの賑やかさとは対称的に、彼女の周りは静かだ。


売店で買ったソフトクリームが、ゆっくりと溶けていく。

白いそれを黙々と食べながら、彼女は空を見上げた。


「私は、死者に囲まれているのがお似合いね……」


ぼんやりと園内を見ながら、ソフトクリームをちびちびと食べる。

視界の端に、「リクガメと触れあおう!」という特設コーナーを見つけた。


特設コーナーの少し手前で、巨大なリクガメが動かなくなっている。

飼育員が二人がかりで押しても、引いても、岩のように微動だにしない。


彼女はソフトクリームのコーンを口に放り込むと立ち上がり、近づいた。


リクガメはぼんやりと空を眺めていて、動く気配はない。

彼女は甲羅にそっと手を置く。

ざらりとした硬い感触。


しゃがみ込んで、飼育員に聞こえないほどの声で言った。


 「動け」


リクガメは、しばらく沈黙したあと、ゆっくりと首を伸ばした。

その瞳が、彼女を見上げる。


百年生きる種類もいるという、長寿の生き物。

一万年以上生きている彼女に、何かを感じ取ったのだろうか。


リクガメは一度だけ、彼女の足元に頭を擦り寄せるような仕草を見せた。

それから、どっしりとした足を持ち上げ、踏み出した。


飼育員達が歓声を上げる。


「動いた!」

「このままふれあいコーナーまで、歩いてくれよ…!」


立ち去ろうとするリクガメの背に、指先で再び触れる。


「……長生きしなよ」


その声は、甲羅に吸い込まれて消えた。


翌日。

閻魔殿には、いつも通りの光景が戻っていた。


黒いヴェールをかぶり、高い椅子に座る閻魔様。

シャクが一振りされるたび、鬼たちは背筋を伸ばす。


「今日の閻魔様、一段と威厳があるな……」


そんな囁きが、殿内を巡った。


小休止の時間。

彼女は帳簿とカレンダーを並べて眺めていた。


「次の有給まで、あと百二十日か……」


懐から、小さなキーホルダーを取り出す。

動物園の売店で買った、素朴なカメの形をしたものだった。


ヴェールの下で、ほんのわずかに、彼女の口元が緩んだ。

原案:桜宮 桃江 / 著:蒼樹 ろーさ

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