表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クトゥルフ神話 深きものども

作者:
掲載日:2010/06/12

 目の前にカエルがいる。正しくはカエルでは無い。カエルの様な顔をした人間のような二足立ちをする何か、だ。気味悪いとか言うレベルではない。

 何故目の前にこんな物……者かもしれないが、とりあえずカエル人と呼ぶことにする。話しを戻そう。何故目の前にカエル人が居るか。話せば長くなるわけでは無いので話そう。




 今日は5月8日。少し遅い新入社員歓迎会当日だ。大手飲食店の支店であるこの店から車で15分の海水浴場の海岸。そこでバーベキューをするのが我が店の新入社員歓迎会である。

 社員はバイト合わせ計22人。田舎の小さな支店なのでこの人数で充分切り盛り出来る。昨年の新入は私だけで寂しかったが、今年は2人。同じ大学の出身らしく仲が良い2人だ。

 費用などは本店持ちらしくみんな気にせず食べまくる。毎年10万以上も食うな、と言う本店からのクレームを華麗に無視し松坂牛などの高級食材を食べまくる。どうせ怒られるのは店長だけで、その店長もこれだけは譲れないらしくクレームを受け流している。というか「俺が許す! 松坂牛○○t買ってこい!」なノリの店長なのだ。

 何故か店長が肉などを焼いている。その周りを21人が思い思いの時間を過ごしている。こうして22人が揃うのはめったに無いので貴重な時間である。

 そんな楽しい時間も終盤になり手持ち花火で締めくくるため、私は海水を汲みに波打ち際まで行った。

 そしてカッパの様にカエル人が海から現れたのだ。で、今に至るわけだが………変化なし。私は動けない。カエル人は動かない。沈黙が流れる中新たな音が響く。音の方を見ればカエル人がこちらへ飛び跳ねてくる。それと同時にさっきまで動かなかったカエル人が飛び跳ねだす。ああ、囲まれる。逃げれない。体が震えて声が出ない。さらに岩影から何匹も現れる。ここで颯爽と助けてくれる王子役が登場。なんて都合よく世界は出来ていない。それでも想像してしまうのは私が二十歳前だからだろうか。いや、多分現実逃避をしたいのだ。私は完全に囲まれた。じりじりと寄ってくる。私はこれから孕まされるのだ。眼は閉じる事が出来なくなるほどに盛り上がり、肌は冷たく湿っぽい灰緑色。表面には鱗があり、指と指の間には水かきのようなもの。首に溜まった皺には鰓があるような子供を一生産み続け老いたら食べられる。ああ、そんな一生を向かえてしまうなんて。

 そして、唸るような鳴き声が響いた瞬間。

「富崎さん!」

 聞いた事のある声が聞こえた。恐らく私が人間として最後に聞いた言葉となるだろう。店は良い人ばかりですごく楽しかった。21人もいると顔と名前を覚えるのに時間がかかった。

「まだ働いていたかったな」

 呟くと同時に腕を掴まれた。そして駆け出す。カエル人達を押しのけ強引に包囲網から抜ける。そのままバーベキューをしていた場所まで戻った。思わず笑みが零れた。助かった。ふと、振り返る。そこにカエル人はいない。

 今日はそのまま帰宅し、翌日片付けに来る事となった。店長に掴まれた腕が妙に暖かくて違和感が残っていた。




 翌日、集合時間より30分早く来た私は1人片付けを始めていた。体の違和感であまり眠れず暇だったのだ。使わなかった花火を車に積み灰を指定の場所へと捨てた。何故か目に違和感を感じ首を傾げる。そう言えば視界が少し狭い気もする。丁度近くにトイレがあるので確認しにいく。

「な、に……コレ……」

 鏡に映った自分の姿に絶句する。右目のまぶたが膨れ上がり目が半分も開いていない。まるで蜂に刺されたみたいだ。私はトイレットペーパーを適当な流さで千切り右目を押さえる。幸い痛みや変な感触はしない。

 このまま隠れているわけにもいかないので病院へ行こうと車へ向かう。だが、車はバーベキュー跡の近く。既に数人が片付けをしていた。私はこんな顔を晒すわけにもいかずトイレへ戻る。

「お、おはよう富崎さん」

「あっ……おはよう、ござい、ます」

 店長の声に背を向け挨拶をする。こんなことしたら普通は怒られる。店長は礼儀作法にはうるさい人だ。なのに怒られない。不思議に思って振り返る。が、店長も私に背を向けていた。そして、恐らく同じことを思ったのだろう。店長も振り返り目があう。

「まさか、店長も?」「まさか、富崎さん」

 見事にハモった。そう、店長も目をトイレットペーパーらしき物で目を押さえていたのだ。




「オカルトに詳しい友人が居て、昨日の変な生き物について聞いてみたんだ」

 私達はとりあえず近場のシャワー室に隠れた。狭い個室に大人2人はキツイが仕方ない。最初は別々の個室にしようとしたが話しを聞かれたら困るため、結果小柄な私が身を縮めて我慢する事になった。

 で、店長は昨日遅くまでカエル人について調べたらしい。それを要約すると彼らは通称『深きものども』と言い、海底に住んでいるらしい。詳しい事はよく分からないが、単語が分かれば調べようがある。

「とりあえず、眼帯か何かが必要ですよね」

「車の中に救急箱があるから確か眼帯もあるはず」

「頂きます」

「どうぞ」

 仄かに笑い声が響く。こういう時よくある展開が見つめ合ったりするんだろうけど、そんな雰囲気なんだろうけど。そんな気分にならない。まあ目を隠してるのに大変だしね。

「とりあえず、出ませんか? 対処考えないと」

「……あ、あぁ。そうだな」

 店長の不自然な対応に疑問を抱きつつ個室から出る。縮まっていた体を一度伸ばし、見つからないように店長の車へ向かう。車内へ素早く体を入れ、後部座席に置いてあった救急箱から眼帯とガーゼを取り出し右目を隠す。

「とりあえず、目はこれでいいね」

 店長の言葉に頷く。これからの事を考えているうちに運転席に座っている店長がエンジンをかけた。驚いて店長を見ればエアコンをつけたかっただけらしく、ハンドルに肘をついて缶コーヒーを飲んでいる。と、その時携帯のバイブが鳴り響いた。2人揃って自分の携帯を確認する。

「もしもし。はい……はい。分かりました。では後ほど」

 私は携帯を閉じカバンにしまう。だが、店長はまだ電話をしていた。どうやら親しい人らしく素の口調で話している。

「わかった。今から向かうな。場所は?」

 携帯を右手に持ち替え左手でカーナビを操作する。指長いなあ。ふと、そんな事を思った。男性らしいゴツゴツした手でカーナビの上を素早く滑る。

 しばらくして別れの挨拶を交わし電話が終わった。私は降りようとしたが鍵がかけられた。

「どこ行くの?」

「店長お出かけするみたいですから、自分の車に戻ろうかと」

「いやいや、富崎さんも道連れだから」

 言いながら店長はアクセルを踏んだ。走り出す車と店長の言葉に頭が追い付かず、反応を示すまで時間がかかった。

「はい!?」

 そんな私を見て店長は笑い出す。




 車内ではそれ以上話さなかった。真剣に運転をする店長。私は海岸線を見つめていた。昨日の事が頭から離れない。カエル人に囲まれて、想像した最悪の末路。そして、私を助けたがためにこんな事になった店長。

 知らないうちに涙が出てきた。やはり右目からは涙が出ない。もう、人間には戻れない。早くも悟った。悟ってしまった。

 それらを考える度に止めどなく涙が溢れる。

「富崎さん、着いたよ。急がないから落ち着いたら教えて。見ないようにしてるから。理由も聞かない。」

 私は何も言わずに頷く。窓に額を当て嗚咽を漏らす。そんな私の頭を大きな手が撫でた。暖かくて力強くて優しい。その手にさらに涙が出る。

 姿を消そう。これ以上迷惑はかけられない。私は強く心に誓った。店長に出来る最初で最後の恩返し。

 無理矢理涙を止め乱暴に手で拭う。顔を上げ店長の方を向く。頷き合うと車から出た。

 着いた場所はどこかの大学だった。最近UMAの研究で有名になった所で、何度かテレビで見かけた事はあった。名前は思い出せない。

 その中へと歩を進める。店長の後ろをやや駆け足でついて行く。だんだん不安が募る。廊下に人は居らず教授と思われる人達の声が響いていた。気にせず進む店長とは対照的に靴音を立てないように進む。しばらく進むとある部屋の前で止まった。そこは、テレビで何度か見かけた場所だ。そう、UMAの研究室。

 ノックをすると店長は返事を待たずに扉を開けた。置いていかれないように部屋へ入る。そこにはギリシャ神話などの本やUFOについての資料などが所狭しと置かれていた。部屋の広さは六畳といった所か。辺りを見回し、それを見つけた。

「クトゥルフ神話……!」

 辺りを気にせずそれを開いた。目次であの単語を探す。そして見つけるとそのページを勢いよく開く。

「深きものども」

 いきなりの声に顔を上げる。私はかなり驚いた顔をしていたのだろう。何故なら今私が調べた単語と同じ言葉だったからだ。見覚えが無い人に少し戸惑う。

「大丈夫だよ。さっき話したオカルトに詳しい友人だから」

「初めまして。ここ浜離宮大学の准教授でUMA、オカルトなどを研究してます」

 私は軽く頭を下げる。白衣を身に纏い黒縁の眼鏡をかけた男性は椅子を引っ張り出すとそこに座った。私はなんとなく持っていた本を渡す。そして、私は真実を知った。

 深きものども、Deep Onesとも言う。それは、クトゥルフ神話に登場する生物。この血を引いている人間は、同族との接触などによって顔の形を変える。そう、私と店長はカエル人と同じ血を引いているのだ。私はまずそこに絶望した。あの顔は深きものども特有の物らしい。でも、すぐに変化するわけではなく、歳をとるたびに変化していく。まずは目から変わる。恐らく次は左目が変化していくのだろう。私は左目を触った。まだ無事な事を確認したかったからだ。結果は変化なし。少し安心する。再来年からはどこが変わるのかなど聞く勇気は無かった。唸るような鳴き声が脳裏から離れない。

「というわけで、悪いが君達には」

 いきなり首が痺れた。その痺れが全身を巡る。立っているのもキツくなり崩れるようにして座り込んだ。すぐ腕に注射をされた。眠気が襲ってきて私は意識を閉ざした。




 ゆっくり目を開ける。見慣れた天井。体を起こし壁に架けてある鏡を見る。いつもの顔。帰って来てしまった。薬品の匂いが充満する白い部屋。私はベッドから降りて患者服から私服へ着替える。見慣れた殺風景な部屋から出ようとする。だが、無駄だった。想像通り鍵がかけられている。ターゲットが見つかるまで私はこの部屋に居ないといけない。いっそ海底に行ってしまいたい。それを実行出来ない私は愚かなのだろう。せめて人でありたいと願ってしまう。だから逃げられない。

゛形は違うがターゲットの確保ご苦労。約束通り顔は手術で戻した。次のターゲットは……゛

 スピーカーからの声に頷く。私の顔はこれで5回手術した。これが深きものども特有な物だとは始めて知ったが。そもそも、あんな大量の深きものどもを見たのは始めて。さらに深きものどもという固有名詞も始めて知った。ただ、老いで死ぬ事は無い。それだけ聞かされた。

 店長はどうなったんだろう。恐らくあの大学からこの施設へ運ばれた。そして実験台となる。最後には殺されて適当に処理されるのだ。私も、そろそろ覚悟した方がいいかもしれない。

「すぐ、向かいます」

 私は開かなかった扉から通路へ出る。ああ、なんだ迎えが来ていたのか。目の前には深きものどもがいる。恐らく警備員はそこら辺で寝ているのだろう。

 それからの記憶はほとんど無い。とりあえず、私はもう人ではない。海岸に行くと海に写る自分の姿を見る。醜いカエルの姿を私。思わず笑ってしまった。

 一発の銃声が鳴り響いた。私は驚く暇も無くその場に倒れた。見れば店長が私に向かって銃を向けている。どういう事か分からない。つまり、撃ったのは店長だ。頭が整理出来ない。意識が朦朧とし始める。

「富崎さん、敵は取ったよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました! 考えたらこういうカエルのような人って捜せば意外といるような気がしますね それはもしかしたら…… なんてこともあるかもしれませんね
[良い点] ホラーに挑戦する姿勢が良いです。 [気になる点] タイトルによるネタバレ感が強いです。 [一言] 文庫で読むならもう少し厚くても良いのですが、このぐらいの文章量は適正だと思います。
[良い点] クトゥルフ神話には珍しく、人間ドラマ的要素があったのはおもしろいです。 [気になる点] 内容が解りづらかったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ