第01話 おっさんもこの時までは真の仲間だった
ゴツゴツとした岩陰越しに人型の蜥蜴魔物――リザードマンを見つけたのは、レミオール岩洞と呼ばれるダンジョンに潜ってからしばらくしてのことだ。
数は五体。
餌でも探しているのか、こちらに無防備に背を見せている。
観察のスキルを持つ狩人の女性がいち早く敵の群れを発見し、相手に気づかれる前に作戦会議をしていたのだが、それも煮詰まったのでさっそく実行に移そうとした矢先のこと。
「……本当にその作戦で大丈夫なのですか?」
疑問を呈したのはつい先日俺たちのパーティーに加入したばかりの魔術師の少女だった。
事前に予習しておいた情報をみんなで共有し、大した話し合いをすることなく俺が主導して大本の作戦を決めてしまったからか、その目はどこか懐疑的だ。
「執事の考えた作戦なんて、果たして通用するかどうか」
不満そうな口ぶりとともに、胡乱げなまなざしをこちらに向けてくる。
そりゃそうだ。
ろくに実戦をこなしたこともない執事の考えた作戦なんて穴があってもおかしくはないからな。
戦うことに関しては女性の方に一日の長があるわけで。
だがこちらも後方支援のスペシャリスト、執事の職業に就く者として相応の自信と根拠を持って提示した内容なのだから、抜かりはない。
そのことを理解しているパーティーのリーダーでもある騎士の女性が後押しをしてくれる。
「心配しなくても大丈夫だよ。このおっさん見たまんま冒険者歴長いし、私たちがこれまで無事に冒険者をやってこられたのも物知りなおっさんが色々と教えてくれたからなんだから」
ありがたい。
立場の低い男と違って、同列の立場でなおかつパーティーをまとめるリーダーの言葉ならばおいそれと不満を口にすることはないだろう。
「だから私は、私たちは信じてるよ。おっさんのことを。……ね、みんな?」
「もっちのろん! こー見えておっさんのことをマジ信頼してっからアタシ。つーわけで絶対その作戦で間違いないっしょ! まあ中身は信頼してっケド近づくとにおう加齢臭はマジ勘弁、みたいな?」
「たまにされる説教も口うるさいから嫌なのー。だけどおっさんの言うことに間違いはないのー。だから安心するといいのー」
示したようなリーダーからの呼びかけに、軽い口調で剣士とそれから間延びした喋り方の狩人の女性も同調する。
にしても、嬉しいことを言ってくれるもんだ。
酷いことも言われているが、それも彼女たちが俺に心を許しているからこその言葉だろう。
ただ、これでもにおいには人一倍気をつかっていたつもりだったが、どうやらまだ体臭の対策をしないといけないようだ。
女性から臭いと言われるのは少し、いやかなり精神に堪える。
「……分かりました、他ならぬ皆さんがそう仰るならわたしも従います」
自分以外に誰も異を唱える人間がいないためか或いは新参者という引け目を感じているからか、どうにか魔術師の彼女も折れてくれたようだ。
なんにせよ、話がまとまったようでホッと一息をつく。俺が考案した作戦には彼女の魔法が必要不可欠だからな。
「その子も納得してくれたようだし、ちゃっちゃとあのモンスターたちを倒しちゃおう!」
愛用の片手剣と盾を手に、リーダーが一歩前に踏み出す。
それからチラリと後ろを振り返り、剣士と狩人に目配せをする。
いつものように自分が敵の注目をすべて集めるから追撃と援護射撃は任せた、といった意味合いが込められたウィンクだ。
「了解」
と、短く応える二人。
チャキ、とそれぞれが手に持った得物が軽い音を立てる。
「……よし、それじゃあ行くよ。うおおっ」
この物音を皮切りに、片手剣を掲げたリーダーが気勢を上げつつ岩陰から一直線に飛び出した。
「うらぁーっ! わ、た、し、を、見ろーっ!」
文字通りパーティー全体の盾となる騎士の彼女が先陣を切るのは、常のことである。
今みたいに大声を上げたりして敵の注目を一身に集めることで、その敵愾心を自分に向けさせるとともに後衛の行動時間を稼ぐのだ。
「社亜ッ!?」
突然の大声に虚を突かれたリザードマンはそこでこちらの存在にようやく気がつくがもう遅い。
人を圧倒する強靱な肉体と簡単な武具を用いることで知られるこのモンスターは部隊をなす知恵はあるものの、なまじ個々の戦闘力が高いせいか集団行動は得意でないと聞く。
頭数がいる割には警戒役がいないこともあり、だからこうも易々と襲撃を許してしまうのだ。
「鈍ちんめ、もらったぁあぁっ!」
「脚負鵜兎牛馬烏ッ⁉」
さっそく手前の一匹がリーダーの見舞った一刀の元に切り捨てられる。
片手剣の切っ先が走り終えると青々とした鮮血がパアッと咲き乱れ、そのすぐ下にリザードマンの遺骸が滑り落ちていった。
「器謝阿唖蛙娃亞芦ーッ!」
仲間一匹の尊い犠牲を払いどうにか臨戦の構えを取ったリザードマン一派は、一斉に甲高い鳴き声を上げる。
仲間を殺された無念さでも込められているのかその鳴き声は震えており、悲壮感が滲んでいた。
その気持ちは正直分からんでもない。
だがダンジョン内は弱肉強食の世界、弱き者の淘汰はままならない自然の摂理だと思って諦めてもらうよりほかない。
「画愛味嗚呼荒ッ!」
残り四体のリザードマンが仲間を殺した仇敵に躍りかかろうとするが、後方から放たれた数本の矢がそれを制する。
狩人の固有スキル『射竦め』によるものだ。
このスキルによって自然と敵の行動が制限され攻撃の手が甘くなる。
だが襲撃が成功し、優勢だったのはここまで。時間が経つにつれてリザードマンの攻撃が激しくなり、徐々にだがリーダーが押され始める。
「くっ……、はあっ! こなくそっ、ふぅっ!」
なんとか繰り出される猛攻の数々をしのいではいるが、長くは続かないだろう。
守りの要である彼女がやられると、あとはなし崩し的に押し切られてしまう。
「ちょ、まだ……!? 腕が痺れてきたんだけど」
さすがに若干の焦りが生じ始めたのかリーダーから催促のつぶやきがもれる。
「すみません、もうそろそろいけます!」
それに答える魔術師の少女は不安そうだ。
万が一、作戦が失敗したらと考えているのかもしれない。
だから横目で俺の方を見てくるが、あえて鷹揚に頷いてやる。
——大丈夫。なにも心配することはない、と。
果たして俺の落ち着きが通じたのか、魔術師の彼女は冷静に練り上げた魔法を発動させた。
「瞬き、溢るるは光の涙――ティアブライト!」
リザードマンは魔法耐性が高く、下級に属する魔法ではろくにダメージを与えられない。
ただ一方で氷属性には弱いとされているが残念ながら、ウチの魔術師が用いることができるのは炎と光の二種属性のみで、しかもまだ下級魔法を数種しか使えないそうだ。
となれば畢竟今回の戦闘で彼女の魔法には頼れない、……とも限らない。
道具は利用、魔法は応用。
何ごとも使い方次第で役に立つのだから。
「逆尾鬼汚押ッ⁉」
松明の明かりがなければ一寸先も見えないほどに暗い洞窟の中、強烈な光量をともなう可視光線が瞬間的に発生する。
本来は攻撃用途の魔法だが、発動の際の副産物として生じる光がリザードマンの視界を奪った。
普段から溶けるような暗闇を好む奴らにとってこの刺すような光は下手な攻撃魔法よりもはるかに効果的だろう。
「位屋朝飽赤呼吾明鮎家ーッ!」
リザードマンの群れは正面からモロにその光を受けてしまい、口々に悲鳴が上がる。
もはや武具を握る余裕もなくギョロリと剥けた両目を手で覆い、必死にその刺激から逃れようともがいている。さながら滑稽なダンスでも踊っているかのようだ。
対してこちら側は光を背中越しに浴びたことと事前に示し合わせていたことで、さしたる被害はなかった。
すぐに剣士が前線に出ると、他の仲間と手分けしてリザードマンを屠っていく。
「……すごい。まさか本当に通じるなんて」
隣では一連の流れを眺めていた魔術師の少女が感嘆の声をもらした。
まずは先制攻撃で敵の注意をリーダーの女子に向けさせてから、その隙に魔法を発動する。
視界を奪ったあとは、全員で一気呵成に打って出て敵を殲滅。
——これが俺の考案した作戦のすべてだった。
「……ほら、だから言ったでしょ? おっさんの言うことだから心配はいらないって」
片手剣についたリザードマンの鮮血を振り払いながら、リーダーが誇るようにそう口にした。
「そそっ。おっさんの作戦はいつも成功がデフォだから」
「全部おっさんが想像した通りの展開に決まって気持ちよかったのー」
他の二人の女性も軽い笑みを浮かべつつ魔術師の少女に妙な視線をくれていた。
その意味を察した彼女もまた、やおら俺の方を向いて、
「……こんな結果を見せつけられたら、わたしも認めざるを得ませんねあなたの能力を。ですのでさきほどの非礼は詫びさせてください――レイドのおじさん」
最後に皮肉混じりにそう付け足した。
だから俺も気づかないフリをしてこう返す。
「俺も元エリート執事だったからな。これからは素直に頼ってくれれば助かる。もちろん俺も遠慮なく君たちを頼らさせてもらうから」
一人はみんなのために、みんなは一人のために。
異形の怪物に数でも個々の能力でも劣る俺たち人間には知り得た情報を細分、共有する知恵と、そしてお互いの不足を補う協力プレイができる。
さて、数多のモンスターひしめくダンジョンに人々は何を求めるのか?
富、名声、戦い、ロマン、どれでもいい。
大切なのはすぐ隣に互いの命を預けあえる仲間がいるということ。
誰かが言った。
本当の宝物とは、心の底から信頼のできる真の仲間であると。
いくら金を積んでも得ることのできないそれは自分が所属するパーティーメンバー以外においていないだろう。
……今日もまた大切な仲間たちを自分の知恵で生き長らえさせることができてよかった。
「だから、これからもよろしくな、みんな」
こうして誰一人欠けることなく、俺たちは無傷の勝利を収めたのだった。
少しでも本作を気に入っていただけたら、作者のモチベーションに繋がるのでお気に入りユーザ登録にブックマークや感想、すぐ↓から作品の評価をしていただけますと幸いです。