旅立ちのとき
翌朝、なんとも目覚めのいい朝だった。
昨夜あった不思議な出来事を思い出しながら、セラフィーナの元を訪ねる。
「_______ということがあって」
「そう……ついにその時が来たのですね」
「え?」
「私はランティア様のしがない弟子でした」
セラフィーナは、魔法も分からず彷徨っていた若い頃、ランティアと出会ったのだという。そして魔法について教わった。
「最後にランティア様から図書館を託されました。それ以降、_____いつか現れる旅人のために、と言われ、こちらの司書として図書館を守り続けておりました」
「わしらも気づいておった。“灯火の揺らぎ”に」
いつの間にか集まっていたベルムートは村人たちが、理央とポコを取り囲んでいる。
「この村は灯りが強いからまだいいんだ。でも……この先にあるミルノ村は、もう……」
村人の1人がトンネルの奥を指さして言った。
理央をグッと見つめる。
もう、きっと、灯りがなくなって。
セラフィーナがそっと目を伏せる。
「ミルノ村の灯火____“記憶の灯火”はもうほとんど消えてしまっているのです」
「記憶の……灯火?」
理央が聞き返すと、ベルムートが代わって説明をしてくれる。
「ミルノ村は、過去を語ることを禁じた村じゃ。外から来た者とも言葉を交わしてはならんという厳しい掟もある」
「なんで、そんな……」
「村人自身も忘れてしまっているのじゃ。なぜそんな掟を作ったのか、自分たちが今まで何をしてきたのかさえ」
ベルムートの表情は堅かった。きっと昔は、良い関係を築いていたのかもしれない。
セラフィーナが静かに言葉を重ねた。
「そしてその忘却が、魔力のバランスをさらに崩している……」
理央は思わずペンダントに手を添えた。胸の奥でまた小さな鈴の音が鳴った気がする。
「だからあなたに、灯し人のあなたにお願いしたいのです。忘れ去られてしまったミルノ村の記憶を、灯火を思い出させてあげてください」
「でも、私は……」
不安げに呟いた理央に、ベルムートは笑って肩を叩いた。
「ふぉっふぉ!お主はもう“灯し人”じゃ。自分を信じていけばよい」
「ピヨ!!」
ポコも力強く鳴くと、飛び上がって理央の腕の中に収まった。まるで不安を包み隠してくれているかのように。
理央はそんなみんなを見て、大きく息を吸い込むと頷いた。
「わかった。行ってみる……ミルノ村へ」
その瞬間、後ろから元気な声が響いた。
「「「りおお姉ちゃん!!」」」
「私たちで作ったの。りおお姉ちゃん、旅に出るって聞いてたから」
子どもたちが集まってくる。
先頭に立ったフィーリアが、ひとつの紙包みを理央に差し出した。
「みんなで作ったんだよー!」
紙包みの中には、小さなリュックが入っていた。
リュックは子どもたちと村の人々が持ち寄った布や小物から作られている。ところどころ縫い目が不揃いだったが、とてもあたたかみのある仕上がりになっていた。
中を覗くと、お守りや手紙が詰められていた。腕に抱かれていたポコもひょいっと飛び上がって中を覗きこみ、嬉しそうに「ピヨ!」と鳴いた。
「その鞄があれば、道に迷ってもきっと帰ってこられますね」
セラフィーナは微笑みながら、優しくそう呟いた。
「理央お姉ちゃん、か……うん」
理央は小さく頷いて、子どもたちに優しく微笑んだ。
理央とポコはベルムートやセラフィーナ、村人たちに見送られながら、暗いトンネルの中へと進んでいく。
ここから先には、こんなにもあたたかい空間はもう無いかもしれない。暗く閉ざされたトンネルに、理央は少しだけ足を止めた。
振り返る。ベルムートたちが手を振っている。
一緒に遊んだこどもたちも少し寂しそうに手を振っている。
心の奥でじんわりと寂しさが覗く。けれどみんなを助けるためにも、守るために。灯し人である自分が歩き出さなければならない。
いつまでもあたたかいこの空間に居続けることはできない。
理央は決意して、もう振り返ることなく歩みを進めた。